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「シーノミクス」は封じられない(The Economist)

The Economist

米国の中国に対する強硬姿勢は危険なまでにエスカレートしている。トランプ米大統領は6日、中国の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」と対話アプリ「微信(ウィーチャット)」を運営する企業との取引を45日後から禁じる大統領令に署名し、7日には米政府が香港政府トップの林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官らを制裁対象とし、9日にはアザー厚生長官が台湾を訪問した。

中国は国家資本主義をより洗練されたものへと進化させつつある=新華社・AP

対中圧力をじりじりと強める背景の一つには、11月の大統領選挙対策がある。中国に対する強硬姿勢はトランプ氏の選挙キャンペーンの重要な柱だ。イデオロギー的な部分もある。政権内のタカ派は、ますます影響力を強める中国をあらゆる面でけん制することが緊急の課題と考えるからだ。だが、貿易戦争を仕掛けた時からトランプ政権の対中姿勢を決定づけてきた思い込みも背景にある。ドーピングで増強したような中国の国家資本主義は見た目ほど強力ではなく、強硬に出れば相手が折れるとの思い込みだ。

その論理は飛びつきたくなるほどわかりやすい。中国が成長を遂げたのは事実だが、債務や補助金、縁故主義、知的財産の窃取といった持続不可能な手段に頼ったからに他ならず、十分に強い圧力をかければ中国経済は屈し、指導部は譲歩を余儀なくされ、最終的には国家主導の体制を自由化するという論理だ。ポンペオ米国務長官が7月23日の演説で述べたように、「世界の自由国家は中国の態度を変えさせなくてはならない」という考え方だ。

貿易戦争にもパンデミックにも耐性を示した中国経済

この論理は明解だが誤りだ。中国経済は関税戦争で思ったほど打撃を受けなかった。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な感染拡大)による経済的影響では、米国よりはるかに大きな耐性を示した。国際通貨基金(IMF)は、2020年の中国の経済成長率が米国のマイナス8%に対してプラス1%と予測する。今年最も上昇率が高い主要株式市場は深圳でありニューヨークではない。さらに、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は国家資本主義を2020年代に合わせて再改革しつつある。

黒煙を吐き出す製鉄所や生産ノルマはもはや過去のものだ。習氏の新しい経済政策は、すべてに目を配る中国共産党の監視のもと厳密に規定された枠組みの中で市場と技術革新をより一体的に機能させることだ。(自由主義経済学者の)ミルトン・フリードマンとは異なるが、独裁主義、テクノロジー、ダイナミズムを組み合わせたなりふり構わぬ手法で何年にもわたり成長がもたらされる可能性はある。

中国経済を過小評価する現象は今に始まったことではない。1995年以降、中国の国内総生産(GDP)が世界に占める割合は市場価格ベースで2%から16%に上昇した。この間、西側からは中国経済に対して懐疑的な見方が相次いだ。シリコンバレーの経営トップたちは中国のテック企業を模倣者だと非難した。ウォール街の空売り筋は、空室だらけのマンションが立ち並ぶゴーストタウンが金融危機を招くと予想した。統計専門家は中国のGDPの数値が捏造(ねつぞう)されていると懸念し、投機筋は資本流出が通貨危機をもたらすと警告を発した。

こうした懐疑論者が思う通りにならなかったのは、中国が国家資本主義を実態に適応させ、形を変えていったからだ。例えば、20年前は貿易を重視していたが、今では輸出はGDPの17%にすぎない。2010年代には指導部がアリババ集団や騰訊控股(テンセント)が巨大企業に成長するのに十分な自由を与え、テンセントの場合は中国共産党による統制の手段でもあるメッセージアプリのウィーチャットを開発できた。

新段階に入った国家資本主義

そして今、中国の国家資本主義は新たな段階に入った。これを(習氏の名前から)「シーノミクス」と呼ぼう。12年に習指導部が発足して以来、習氏の政治的な目標は党による支配を強め、内外の不満分子を粉砕することだった。習氏の経済政策は、脅威に備えて秩序と強靱(きょうじん)さを向上することを目指すものだ。それには理由がある。08年以降急増した政府と民間の債務はGDPの3倍近くに達した。

ビジネス界は旧態依然とした国有企業と民間部門に二分されている。民間は革新的ではあるが、上前をはねようとする当局者や曖昧な規制に直面し、利益のためには手段を選ばない。世界で保護主義が広がるのに伴い、中国企業は外国市場から締め出され、西側の技術にアクセスできないリスクを抱える。

シーノミクスには3つの要素がある。1つ目は、景気循環と債務を活用した企業成長への厳格な監視だ。大規模な財政出動や融資で大盤振る舞いする時代は終わった。銀行は簿外取引のリスクを認め、資本バッファーを積み増さなければならなくなった。資金調達は規制強化が進んだ債券市場の利用が増えつつある。2008~09年の金融危機の時とは異なり、新型コロナウイルスの経済対策は抑制されている。財政出動の規模はGDP比で米国の半分に満たない約5%だ。

2番目の要素は行政国家の効率化だ。ここで決定される規則が経済全体に一様に適用される。習氏は、香港に恐怖を植え付けるため6月末に党主導で香港国家安全維持法を施行したが、中国本土ではビジネスに機敏に対応できる商事法制度を整備した。破産や特許訴訟は以前は珍しかったが、習政権が発足した12年以降5倍に増えている。効率の悪いお役所仕事は改められ、今は9日間で会社を設立できる。より常識的な規則が作られれば、市場がより円滑に機能し、経済の生産性向上につながるだろう。

第3の要素は、国有企業と民間企業の境界を曖昧にすることだ。国有企業は財務収益を増やして民間投資家を集めることを求められる。一方、民間企業は社内にある党の細胞である組織を通じて国家が戦略的に統制している。信用情報をブラックリスト化する制度では、不正を働く企業を処罰する。

封じ込めよりも新しいルール作りが必要

習氏は、15年に発表した産業の高度化を目指す計画「中国製造2025」のような広範な産業政策から距離を置き、中国のサプライチェーンの中でも外国からの攻勢に屈しやすい弱点や、逆に外国に対して影響力を及ぼせるところに鋭く焦点を絞る戦略にシフトしつつある。これは、半導体や電池を含む重要な技術の自給率を高めることを意味する。

シーノミクスは短期的には成果を上げてきた。新型コロナ禍が発生する前に債務の拡大は減速していたし、貿易戦争とパンデミックの二重のショックを経ても金融危機には至らなかった。国有企業の生産性は徐々に上昇しており、海外の投資家は新世代の中国テック企業に資金をつぎ込んでいる。だが、真価が問われるのはずっと先のことだ。中国は、テクノロジーを中心とする新しい形の中央計画経済によって技術革新を長期的に持続させられると考えているようだ。だが歴史をひもとけば、それを可能にする秘訣は、意思決定の分散、開かれた国境、言論の自由であるとわかる。

1点明らかなことがある。強硬姿勢で中国を屈服させられるとの期待は誤りだということだ。米国とその同盟国は、開かれた社会と中国の国家資本主義との闘いが想像をはるかに超える長期戦になると覚悟しなければならない。封じ込めは成功しない。旧ソ連と異なり、中国の巨大な経済は洗練されており、他の世界と強く結び付いている。

西側諸国はむしろ、気候変動やパンデミック対策など一部の分野で中国との協力を可能にしつつ、人権の保護や安全保障の確保を強化した上で通商関係を続けられるよう、自らの外交手腕を高めて安定した新しいルールを作る必要がある。14兆ドル(約1490兆円)規模の国家資本主義経済が持つ力強さは、願っても消えるものではない。そうした幻想は捨て去るべき時だ。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. August 15, 2020 All rights reserved.

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