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今季投手断念の大谷、打撃が前腕負傷に与える影響は

スポーツライター 丹羽政善

乾いた音が無観客のTモバイル・パークにとどろく。屋根が閉まっていたため、その音はいっそう球場内に反響し、高く上がった打球はややスライスしながらレフトフェンスを越えていく。2日の登板後に右ひじに違和感を覚え、試合後、MRI(磁気共鳴画像法)検査を受けると、右前腕屈筋群に損傷(※)が見つかった大谷翔平(エンゼルス)だったが、打者としてマリナーズ戦で復帰すると、最初の一振りで左方向へ会心の一撃。それは投手としての復帰を今季は断念すると報じられてから、わずか2日後のことだった。

前腕負傷からの復帰戦で大谷は左翼越え本塁打を放った=AP

前腕屈筋群の損傷という診断はなんだったのか? そもそも打撃をすることで、痛めた右前腕の筋肉を悪化させるリスクはないのか。

豪快な一発に多くがあっけにとられたが、「もともと、エンゼルスの発表がグレーですからね」と多くのトミー・ジョン手術(肘内側副靱帯再建術)を執刀してきた「ベースボール&スポーツクリニック」の馬見塚尚孝医師は言う。そのエンゼルスの発表は右前腕屈筋群の損傷(グレード1~2)というものだったわけだが、「グレード1と2では、大きく違う」とのこと。

「もしグレード2であれば、痛めた筋肉にさらにストレスをかけることになるので、自分の患者さんであれば、こんなに短期間で復帰させることはない」

靱帯とは異なるリスク

これは靭帯を痛めているのとは、ケースが異なるよう。大谷は2018年、右肘の靭帯を痛め、トミー・ジョン手術を勧められているにも関わらず打者として出場を続けた。その年の10月に同手術を受けた大谷は昨年、投手としてのリハビリと並行して打者として打席に立ち続けた。そのときもそれぞれリスクが懸念されたが、「それがゼロというわけではないが、術後しばらくたっており、打撃によって、靭帯が損傷するとは考えにくい」と馬見塚医師は指摘する。

一方、仮にグレード2の前腕屈筋群の損傷(肉離れ)であれば、右投げ左打ちの大谷の場合、インパクトの瞬間にグリップをぎゅっと握るため、相当な衝撃が前腕回内屈筋群にかかる。これは先ほどの説明と重複するが、痛めている筋肉にさらに強いストレスがかかることになる。つまり、過去2年と今回とでは、分けて考える必要があるわけだ。

前腕を痛めてから3日後に打撃練習を再開し、4日後にはホームランを放った大谷だったが、矛盾とも映るその結果の裏には、図らずも、術後の診断の難しさが垣間見えた。

2日のアストロズ戦後、右前腕屈筋群に損傷が見つかり、大谷は今季の投手での登板を断念した=共同

大谷は今回、「試合中に張りが出た」と説明したが、「それは選手のいう症状という主観であり、診断の過程ではヒントとして扱いますが、それがそのまま肘にどんなことが起こっているかという病態を示したものではありません」と馬見塚医師。もちろん、そのヒントを元に検査によって原因をたどるわけだが、「術後(トミー・ジョン手術)のMRI検査の診断は、難易度が高い」そうだ。

「手術によって再建した靭帯は、靭帯周囲の組織も変化があるため、MRIだけでは判断は難しい」

エンゼルスのグレード1~2という、実にざっくりした発表にもそうした事情が透けるが、無論、あれだけ打てるならグレード2ではないと想定できる。

大谷も先日、「練習も試合も、特に(痛みも違和感も)ないかな。スイングのときは特に感じない」と話した。

であるなら、すぐにでもキャッチボールを始められそうだが、それはまた、別の話。

馬見塚医師も、「今、投手として復帰するのは難しい」という立場だ。「もし今年復帰するとしたら、まだ十分に"自動化"していない投球動作の改善が必要ですし、ランナーが出たときの技術的な課題や心理的な微調整を公式戦でやらなければならなくなる。来春にマイナーやリハビリ登板など、ちゃんとした過程を踏むべき」

段階を経ることの重要性

本来、段階を経るごとに、作業が増える。打者が立つだけでも景色は変わる。走者を背負えば、クイックもしなければならない。そもそも抑えたいという気持ちも働く。実戦に近づけば近づくほど、チェック項目が増え、それらは通常、マイナーでのリハビリ登板などを通して、意識する必要のないレベルまで慣らしていくわけだが、今回は、その過程がなかった。それは地味だが、決しておろそかにしてはならないものだった。

「条件はみんな同じ」と言い続けていた大谷も、十分な調整ができなかったことを認めている。

「本来ならマイナーで5~6回投げて、どうなのかなという段階」

新型コロナウイルスの状況が見通せない中、二刀流復帰のシナリオが輪郭を帯びるには時間がかかりそうだ=ロイター

結局、打者でも同じことが言える。大谷は開幕当初、極度な不振に陥っていた。しかし、8月9日の試合から3試合連続でマルチ安打をマーク。10日の試合後には、大谷がこんな話をした。

「昨日から状態は、ちょっとずつですけど、いいかなというのを感じていたので、今日はそれがもうちょっと良くなった」

もちろん、突然、そうなったわけではない。

「ボールの見え方だったり、ちょっとしたところ。それは数をこなしてきたっていうのもあるかなと思います」

打者としても開幕前、オープン戦に2試合出場しただけ。打席数はわずか5回。開幕後は8日まで9試合で40打席。合わせると45打席だが、野手は通常、オープン戦で50打席前後立ってから開幕を迎えるので、大谷もようやくその目安付近に達したところで、ボールが見え始めたということになる。50打席という数字は、あながち、まったく根拠がないとも言えないのだろう。

いずれにしても二刀流としては仕切り直しとなり、来年、通常のプロセスを経て開幕できるならそれはプラスと捉えられるが、この冬の新型コロナウィルスの状況次第では、来年のキャンプにも影響が及びかねない。二刀流復帰のシナリオが輪郭を帯びるのは、まだ先の話になりそうだ。

(※)損傷には筋挫傷、肉離れ、筋痙攣、筋肉痛があり、今回のように自家筋肉の収縮によるものを肉離れと日本では呼ぶ。

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