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刹那を生きた戦後 活写 成瀬國晴が描く復興模様

文化の風

作品「リンゴの唄」を前に語る成瀬國晴

軽妙なタッチでユーモアとペーソスに富んだイラストを描く"浪速の絵師"こと成瀬國晴(84)が、学童集団疎開経験の続編となる一連のイラストをこのほど完成させた。終戦を境に滋賀県東近江市の疎開先から帰還、大阪で10代を迎えた少年が肌で感じ取った戦後の復興模様と世相を、56点に描いている。

体験伝える使命感

「何でも買いまっせ。何でも」。ごった返す焼け跡の雑踏の中で、復員兵らしき男性が声をからしている。現金を懐に、古着であれ靴であれ、持ち込まれるたいていのものを買い取ったという。物資が極端に少ない終戦直後、転売で生計を立てていたようだ。高値が付くか、買いたたかれるか、値決めは交渉次第。

「ぬくもりや(あたらせや)」

一方で冬になれば、廃品などで空き地にたき火をおこし、暖をとらせて料金をとる「ぬくもりや(あたらせや)」という商売もあった。いずれも刹那刹那を生き延びるため編み出された、財貨の原初的なやりとり。混沌から暮らしを立て直しつつあった、この時代ならではの情景だろう。

「このほか今では禁じ手となったDDT噴霧器でのシラミ退治など、肌で感じた生活感と風俗をざっと150件思い出して、その約3分の1をイラスト作品にしました」(成瀬)

主な対象時期は1945年の終戦から数年間。成瀬少年にとって食べ盛りから思春期にさしかかる年ごろの経験が基になっている。軍国主義から民主主義へ。価値観の大転換に遭遇するが、いちいち疑念にとらわれていると時代の奔流にのみ込まれて溺れてしまいかねない。そんなあのころを再現したという。

「45年8月15日は分水嶺。その日を境に、前と後でがらりと世界が変わりました」

大阪市精華国民学校の3年生だった成瀬少年は44年の8月31日から、級友らと集団疎開した。田園地帯の受け入れ先となったお寺に寄宿し、里心と闘いながら約1年間の泣き笑い生活が始まる。戦局は険しさを増し、出征を見送る華々しさの傍ら、召集兵の無言の帰国に涙する遺族。そんな悲喜こもごもに接する一方、雪道でしもやけになった足の手当てをしてくれる女性の情けに打たれもする。

「戦地での生死を分ける軍役とは比較にならないかもしれないが、集団疎開も戦争体験の一幕。同世代の友人知人が他界していくなか、かねて温めていた『あの体験を絵に残さなくては』という使命感に火がつき」2014年、制作に着手。少年のころの記憶を頼りに、資料と突き合わせてイラスト77点に結実させた。同年、画集「学童集団疎開70年 時空の旅」が出版される傍ら、原画は大阪、滋賀、東京など9カ所で開いた展覧会に出展された。

自然体で表現

一連の成瀬作品は軍国主義をいたずらに美化せず、かといって被害者意識を強調もせず。また体験を基に声高に平和を説くこともせず、自然体なのが特徴だ。「展覧会場で作品をきっかけに見知らぬ人同士に会話が生まれ、いつの間にかあちこちに昔話の花が咲いている。そんな情景に胸が熱くなった。絵を描いてきてよかったと芯から思う」(成瀬)。価値判断を受け手に委ねるところが、むしろ広く支持される原因かもしれない。今ではライフワークのひとつという。

画集第2弾「時空の旅 そして戦後」(たる出版)は9月上旬に刊行予定だ。第1弾に引き続き、第2弾にちなんだ原画展を9月に大阪で計画していたが、新型コロナウイルス感染拡大で開催を断念した。

あすは成瀬が「分水嶺」と呼ぶ終戦詔勅から75年。「新型コロナの猛威も、現代の新たな分水嶺。終戦時と違うのは、焼け跡に重ねて口ずさんだリンゴの唄のような解放感が見えないこと。いずれ原画展第2弾も開きたい」という。

(編集委員 岡松卓也)

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