光で脳の神経細胞を操作する うつ病新治療へ模索

2020/8/14 2:00
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開発した分子に光を当てて、細胞の反応を測定する(岡山大学小島慧一助教提供)

開発した分子に光を当てて、細胞の反応を測定する(岡山大学小島慧一助教提供)

光をつかって神経を操る「光遺伝学」の技術をつかった研究が加速している。岡山大学などは、神経細胞のスイッチ役となるたんぱく質を新たに開発した。違う色の光を当てることで、神経活動を促したり抑えたりできる。睡眠障害や不安の仕組みを調べる道具となるほか、2030年ごろには治療薬開発にもつながるかもしれないという。

人の脳には無数の神経細胞がある。細胞が突起を伸ばし、別の細胞と物質をやりとりすることで情報伝達のネットワークを作り上げている。うつ病や睡眠障害などの脳神経に関わる病気は、情報伝達のやりとりの異常などが原因とみられているが、詳しい仕組みは不明だ。

神経細胞に光を当てることで働きを高めたり抑えたりする光遺伝学の手法は2005年に登場した。

光を当てると構造を変えるたんぱく質を、特定の細胞だけに作らせる。この構造変化をスイッチとして使い、脳の一部分に光を当ててスイッチをもつ細胞の活動だけを変える。ある特定の神経細胞の働きを調節して脳の活動や行動がどのように変わるかを調べれば、それぞれの神経の役割が分かる。

岡山大学の須藤雄気教授や小島慧一助教などは、名古屋大学や東京大学と共同で、光遺伝学でスイッチとなる人工たんぱく質を開発した。

たんぱく質はアミノ酸という部品が連なってできている。研究チームは15年に新たに見つかった「アニオンチャネルロドプシン2」というたんぱく質に着目。藻類がもち、細胞の表面で陰イオンを通すトンネルのように働く。

遺伝子工学の技術を使ってこのたんぱく質がもつ4つのアミノ酸を別のアミノ酸に変えて、人の培養細胞に作らせた。緑色の光を当てると構造が変わり、細胞の外から中に塩化物イオンを流すようになった。流入が続いている間に今度は赤色の光を当てると、すぐに流入をとめられた。

神経細胞では陰イオンが流入することで活動が「オフ」になる。緑と赤の光を交互に当てることで、オンとオフを切り替えるスイッチにできるという。

神経細胞スイッチの開発は陽イオンを流すたんぱく質で先行している。課題は光を当ててからたんぱく質の構造変化が10~100ミリ秒ほどしかもたないことだ。

実験の多くは遺伝子改変マウスを使う。脳の神経細胞にスイッチ分子を作らせ、脳に光ファイバーを刺して光をあてる。光を長時間当てると脳に影響し、通常の活動を計測できない可能性もある。

今回開発したスイッチ分子は、緑色の光を短時間あてるだけで数秒間は構造の変化が保てる。光の照射による「副作用」を減らし、より正確に実験できると期待している。

現在はマウスに分子をつくらせて、脳の中でもスイッチとして働くかどうかを確認中だ。今後は複数のスイッチを使って脳内の複雑な神経ネットワークを操作することで、うつ病や睡眠障害などが起きる仕組みの解明に役立てたい考えだ。

遺伝子治療へ活用も
光遺伝学は登場から約15年がたち、現在は神経が関わる基礎研究で不可欠な技術となっている。少しずつ個々の神経細胞と記憶や認知、精神疾患との関係もみえてきた。
 米スタンフォード大などの研究チームは19年、視覚野の一部の細胞を刺激することでマウスに幻視を起こせるとする論文をまとめた。名古屋大学などは、レム睡眠中に記憶を消す神経を突き止めた。マウスの視床下部から海馬に伸びる神経の活動を活発にすると、眠る前に見た物などを忘れやすくなった。最近はサルでの研究も進んでいる。
 光遺伝学はあくまで細胞や動物を使った実験の道具で、人の脳で同じようなことはできない。ただ、人の脳にスイッチ分子を投与する遺伝子治療の道も考えられるという。小島助教は「将来は睡眠時に特定の色の光を当てて、眠りを深くするといった治療法が現実になるかもしれない」と話す。
 遺伝子治療は、遺伝子を狙いの細胞に運ぶ「ベクター」を体に投与する。遺伝子変異のために不足したたんぱく質を補う治療法などとして臨床応用が進む。ただ高額で用途は限られている。光を当てる方法自体も体への侵襲性が高く課題は多いが、サルなどで研究が進めば治療応用への道も開けるかもしれない。
(スレヴィン大浜華)
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