米大統領令で失業給付増 法廷闘争なら景気リスク

【ワシントン=河浪武史】トランプ米大統領は8日、大統領権限で追加の新型コロナウイルス対策を発動した。予算編成権を持つ連邦議会は「越権行為」と反発するが、その議会与野党は審議空転で財政出動を決定できないままだ。トランプ氏の挑発で議会審議が動く可能性があるが、生活者を置き去りにした法廷闘争となるリスクもある。
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「訴訟になるかもしれない。ただ、それは失業給付の支給を妨げる非常に不人気な手段になるだろう」。トランプ氏は8日の記者会見で、野党・民主党を挑発した。8日発表した大統領令による新型コロナ対策は、歳出の決定権を持つ米議会への越権行為となり得る。
トランプ氏は3月に非常事態を宣言し、国家緊急事態法によって120を超える大統領権限を発動できる。給与税の納税猶予や住宅の強制立ち退きの阻止、学生ローンの返済猶予は、いずれも同法に基づく大統領令で実現できる。実際、個人や法人の所得税は納税期限を4月15日から7月15日まで既に猶予している。
問題は、議会が空転する要因となった失業給付の増額だ。3月に発動した2.2兆ドルの経済対策では、州が支給する失業給付(平均週370ドル)に連邦政府が週600ドルを加算した。7月末に期限が切れて景気不安が高まり、トランプ氏は大統領権限で週400ドルの加算を続けるとした。
非常事態宣言によって、トランプ氏は米連邦緊急事態管理局(FEMA)が持つ災害予算を大統領権限で動かすことができる。今回は災害救済基金から440億ドルを拠出して、失業給付の加算分に充てる方針だ。週400ドルのうち300ドル分を連邦政府が拠出し、100ドル分は州・地方に負担するよう要求した。
トランプ氏は2019年2月にも非常事態宣言を出し、メキシコ国境の壁の建設費を大統領令で拠出した。国防費を大統領権限で組み替えたため、予算編成権を持つ米議会は与野党そろって反発した。上下両院が「壁」の建設予算の無効を決議し、トランプ氏はさらに拒否権を発動。最後は法廷闘争になって、5カ月後にようやく連邦最高裁がゴーサインを出した。

今回も民主党内には、提訴を求める声がある。ただ、法廷闘争となれば、裁判所はまず国庫支出の一時差し止めを命じる可能性が高い。結果的には2500万人にのぼる失業者に給付金が行き渡らなくなり、かえって民主党は批判を浴びかねない。失業給付の失効はそもそも与野党協議の遅れが原因で、有権者は「決められない議会」に不満をためている。
民主党のペロシ下院議長とシューマー上院院内総務は8日、共同声明を出し「トランプ大統領は議会審議の替わりに、失業給付を(週600ドルから)減額しようとしている」などと批判したが、法廷闘争には言及しなかった。失業給付の加算がゼロのままなら全米の家計所得は4%分も少なくなる。景気不安が台頭しており、議会共和党には「トランプ氏の権限行使を支援する」(マコネル上院院内総務)と歓迎する声もある。
トランプ氏に勝算があるわけでもない。連邦政府の財政支出は、失業給付の国庫負担を週300ドルに減額しても月300億ドルと巨大だ。今回使う440億ドルの基金では、1カ月半しか持たない計算だ。議会が審議してきた追加の経済対策も、共和党案で1兆ドル、民主党案は3兆ドルといずれも大規模で、大統領令だけでは景気浮揚効果を思うように発揮できない。
トランプ氏は8日の記者会見で「議会与野党は追加対策の協議をすぐに再開するだろう」と指摘した。ペロシ氏も「共和党に協議のテーブルに戻るよう呼びかける」と表明した。新型コロナ対策は相次ぎ期限切れを迎えており、8日には6600億ドルの資金枠があった中小企業の雇用維持策が失効した。9月末には、40万人の従業員がいる航空会社向けの雇用支援策も期限が切れる。
公的支援が途絶える「財政の崖」は深まるばかりで、景気失速を避けるには米議会の追加対策の発動が不可欠だ。トランプ氏の強権発動は、11月の大統領選前の「人気取り」にとどまらず、空転する米議会に一石を投じることになる。