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文楽の語り役「太夫」記者が体験 七五調の反復 心地よく

とことん調査隊

人形浄瑠璃文楽のストーリーテラー「太夫」。変幻自在の声色と節回しで登場人物の心理描写、セリフ、情景描写まで語る義太夫節は、かつて大阪の旦那衆がこぞって稽古したと聞く。旦那衆が夢中になったその魅力とは? 一度体験してみたいと文楽界屈指の太夫で一般向け教室も開く豊竹呂太夫さんを訪ねた。

「まずは、思い切り声を出してみることです」と言う呂太夫さんの勧めに従い、呂太夫さんの初級者向け「義太夫発声ゼミ」に参加した。席に着くと、椅子に座って胸とお尻を少し突き出すように「はと胸出っ尻」の姿勢でと指示された。この日の具体的な指導は冒頭のここだけ。

そこから1時間以上、義経千本桜など名作のさわり部分を参加者全員や指名された人が何度も何度も繰り返す。「思いぞ出(いず)る壇の浦の海に兵船(ひょうせん)平家の赤旗」。七五調のリズムにあわせて大きな声を上げると、徐々に独特のノリが感じられるようになってくる。

調子がずれていれば呂太夫さんが手本を聞かせ、はまらなければ5回、10回と同じフレーズを繰り返す。「学ぶ」ことは「真似(まね)る」ことと言うが、これを地で行く稽古だ。

義太夫節はセリフ、歌、ナレーションが境目なく続くようなテキスト。明確なメロディーが感じられる部分もあり、めまぐるしく調子も変化する。一人何役も兼ねつつ、バスからソプラノまで音域も幅広い。記者はテキストを見ていてもついていけず、耳に入ってくる指導役の発声に自分の声を重ねるので精いっぱい。物語は浮かんでくるものの、情感を込めたり、演技したりする余裕はなかった。

しかし、この繰り返しが不思議と心地よい。合唱でハーモニーを奏でられたときの感覚や反復するリズムに身を委ねるダンス音楽の気持ちよさに近いかもしれない。「異次元にワープしているような気持ちでしょう?」と言う呂太夫さんの感覚もうなずける。

難しさを痛感したのは手本なしの状況で一人で発声し、調子が外れてしまったとき。西洋音階なら五線譜を見て正しい音程、リズムを思い浮かべることができるが、そうした戻るべき足場がない。手本となる師匠の口調や音程が身についていないため、正しい音程に戻れないのだ。

音程の難しさに加え、発音も「え」と「い」の中間のような母音があったり、「か」が「くゎ」だったりと、日常で使う日本語に比べて情報量が圧倒的に豊か。

呂太夫さんにその辺りを聞いてみると「お客さんからは自由に語っているように聞こえるかもしれないけど、すべて厳密に正しい音程や間があるんです。ただ、それを教えられる(汎用的な)メソッドはない。こうして繰り返し自分に染み込ませて、身につけるしかない」。

稽古を重ねていくことで「見えない法則が見えてきて、それに同化していくことで上達していく」のだとも。そう言って、呂太夫さんは同じセリフを侍なら、同じ侍でも悪役なら、同じ悪役の侍でも時代物なら、世話物ならと次々20種類ほどその場で実演してくれた。もはや魔法のよう。

「素人さんも我々もやっている稽古は同じ。やればやるほど自分のできなさがわかってくる。そうして、教室の生徒さんたちもやめられなくなっていくみたいですね」と笑う。この道50年を経てなお、楽しくて仕方ないとばかりに「本当に難しい。世界で一番難しいと僕は思うんです」とニコニコ話す呂太夫さん。名人が一生かかっても掘り尽くせない深遠な世界がここにはあるのだという実感を得たところで「それじゃあ、また来月」と床本と呂太夫さんのお手本が吹き込まれたCDをいただいた。記者の義太夫体験はもう少し続くことになりそうである。

(佐藤洋輔)

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