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「新野球どころ」沖縄、高校でもプロでも存在感
スポーツライター 浜田昭八

2020/8/9 3:00
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「野球どころ」といえば、京阪神、愛知を中心とした中京地区、広島県や北四国などが挙げられる時代が続いた。名門、古豪と呼ばれる学校がさまざまな大会の優勝を争い、新興チームに付け入るスキを与えなかった。だが、野球人気が盛り上がるにつれて、全国に高校、大学、社会人のチームが増え、地域の差はなくなり、野球の「後進地区」といわれるところはなくなってきた。

ここ十数年の間に「新野球どころ」と呼んでもいいほどチームが増え、実力も備えてきたところに沖縄県が挙げられる。ひとつのバロメーターとして、春夏の高校野球甲子園大会での成績が注目される。プロ野球へどれだけ人材を送り込み、どれほどの成績をマークしているかも目安になろう。

左腕エース島袋洋奨を擁して興南は2010年に春夏連覇を果たした=共同

左腕エース島袋洋奨を擁して興南は2010年に春夏連覇を果たした=共同

沖縄勢が最初に甲子園大会に出場したのは1958年夏の首里高。春は60年の那覇高だった。当初は出場してもほとんどが初戦敗退。63年春の首里のように、PL学園の戸田善紀投手に21三振(9イニング試合での大会記録)を奪われるような惨敗も少なくなかった。だが、高校が増え、野球部の活動も盛んになると県全体の力もついてくる。

沖縄勢が一躍脚光を浴び、全国的に見直されるようになったのは、99年春の沖縄尚学の優勝、そして2010年、興南の春夏連覇だった。他地区の強豪校のように、全国から優秀な中学球児を集めたものではない。地元の選手を自前で練習を積み、実力をつけてきた高校が多い。春は温暖な気候に恵まれた中で投手力を鍛え、夏は実戦練習で打力を磨いた。最近の沖縄勢はどこが代表になっても、前評判でAランクに挙げられることが多くなった。

全国区に引きあげたパイオニア栽弘義監督

強い沖縄の基礎を固め、作り上げるのに、優れた指導者の存在は見落とせない。豊見城、沖縄水産を強豪に育てた栽弘義監督は沖縄の高校野球を全国区にしたパイオニアといえる。沖縄にこだわらず、中京大に進んでより進歩的な野球を吸収した。沖縄球児に多く見られる力強いパワースイングは、この人が広めたものだ。

99年春優勝の沖縄尚学の主力投手だった比嘉公也も愛知学院大で学び、2006年に母校の監督に就任し、08年春には後輩を全国制覇へ導いた。1968年夏、興南の4強入りメンバーで主将だった我喜屋優はノンプロ大昭和製紙北海道の選手、監督を経て2007年に母校の監督となり、10年に甲子園大会の春夏連覇の輝かしい戦績を挙げた。

栽は「私は常に野球を勉強している」と言ってはばからなかった。その意志を受け継いだかのように、後輩指導者にも勉強家が多い。外部の知識、経験を吸収するのに貪欲。栽は07年に亡くなったが、その後輩たちは今では全国から指導を求められる立場になった。

6月26日、西武・山川(左)に2ランを浴びたソフトバンク・東浜。ともにパ・リーグを代表する中心選手となっている=共同

6月26日、西武・山川(左)に2ランを浴びたソフトバンク・東浜。ともにパ・リーグを代表する中心選手となっている=共同

プロ野球でも、古くは安仁屋宗八(沖縄高―広島など)、石嶺和彦(豊見城―阪急など)らが沖縄から入団して活躍した。その後は沖縄高校球界の隆盛とともに、人数は増え、実績も残すようになった。

西武に6人、オリックスには5人…

西武には沖縄出身が6人もいる。多和田真三郎と山川穂高は沖縄・中部商―岩手・富士大と、同じ経路をたどってのプロ入り。チームがリーグ優勝した18年には多和田が16勝をマークして最多勝、山川は47本で本塁打王になり、最優秀選手にも選ばれた。山川は19年にも43本塁打を放って2年連続のタイトルを手にした。今季は若手投手の与座海人(沖縄尚学―岐阜経大)が先発、平良海馬(八重山商工)が中継ぎで1軍投手陣に加わった。

オリックスにも今年ドラフト1位入団の左腕・宮城大弥(興南)ら、5人の沖縄勢がいる。37歳の比嘉幹貴(コザ―国際武道大―日立製作所)はタフな救援投手。内野手・大城滉二は興南の春夏連覇時のメンバーで、立教大を経て入団した。

このほか、ソフトバンクに08年春の優勝投手・東浜巨(沖縄尚学―亜大)、DeNAにはブレーク中の外野手・神里和毅(糸満―中大―日本生命)と巨人から移籍後いまやエース格の平良拳太郎(北山)、その巨人には速球王・宮国椋丞(糸満)らがおり、それぞれのチームで沖縄パワーを発揮している。現在、沖縄では毎年2月に離島を含めた県内各地でプロ9球団が春のキャンプを張る。そのトレーニングや練習試合を目の前で見て育った沖縄球児が、プロへの思いを強くしたのは想像に難くない。

ただ、最近はプロ、アマの野球チームだけでなく、Jリーグなど、沖縄でキャンプを張る他の競技団体が増えた。各自治体も設備を整えて、あらゆる競技を受け入れる態勢を整えている。加えて、サッカーJ2のFC琉球、バスケットボールB1リーグの琉球ゴールデンキングスなど地元で活動するプロチームも増えている。全国的に、子どもの野球離れが進んでいるといわれる。沖縄のような「野球どころ」が増えていかないと、野球界も安閑としていられない。

(敬称略)

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