新興国経済不安を正しく恐れよ(The Economist)

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2020/8/11 0:00
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倦怠(けんたい)感や息切れ、様々な神経症状、傷だらけの肺――。新型コロナウイルス感染拡大の初期段階に罹患(りかん)し、何とか回復して数カ月がたつが、今もこうした症状に苦しむ人々がいる。この病気は重症化しなくても、後遺症をもたらすケースがあるようだ。

中国は今年4~6月期のGDPが前年同期比3.2%増となり堅調な回復をみせるが…。写真は、江蘇省連雲港から輸出する鉄鋼=ロイター

中国は今年4~6月期のGDPが前年同期比3.2%増となり堅調な回復をみせるが…。写真は、江蘇省連雲港から輸出する鉄鋼=ロイター

このパンデミック(世界的な大流行)による影響は同様に経済、特に発展途上国の経済にも長期的な打撃をもたらす可能性がある。今、浮上しつつあるのは新興国経済の息の根を止めはしないが、弱体化させる危険だ。

数カ月前、コロナ禍は金融危機に発展する様相を呈していた。だが米連邦準備理事会(FRB)が世界各国のドル不足を緩和することで米金融機関へのストレスを和らげようと思い切った措置を取ったおかげで、新興国の国債や通貨、株式は3月の暴落後、力強く回復した。

■中国経済、年内にコロナ前に回復との見方も

新興国最大の経済規模を誇る中国の回復ぶりはめざましい。スイス金融大手UBSによると、今年4~6月期の中国の国内総生産(GDP)は前期比11.5%増で、年率換算の成長率は59%となった。前年同期比でも3.2%増だった。英調査会社キャピタル・エコノミクスは今や、中国のGDPは年内にコロナ前の水準に戻るとみている。

中国経済の回復で商品価格は上昇し、石油や金属など1次産品を輸出する途上国の3分の2が恩恵を受けている。インドネシアの6月のモノの輸出額はドルベースで前年同月比2.3%増となり、12.3%減に沈むとの事前予想を覆した。他の主要新興国も一部で底堅さや回復傾向をみせている。外国からメキシコへの5月の送金額は前年同月比3%増えた。出稼ぎ労働者がペソ安を機に母国への送金を増やしたためとされる。インドの民間調査会社CMIEによると、インドでは4月に1億1400万人が失業したが、5~6月に9000万人強が再び職に就いた。

■投資額も生産性も感染症の打撃受けた国は低迷

それでも2つの大きな懸念がある。長期的懸念は、新型コロナが終息後も経済に爪痕を残す危険だ。もう一つはコロナが終息していない点だ。実際、外出禁止・自粛の緩和に伴う予想以上の反動(リベンジ消費)が、ウイルス封じ込めにいったんは成功した中国の一部やベトナム(さらにはオーストラリアや日本のような豊かな国も)で感染者を増やす一因になった可能性がある。インドと中南米諸国の大半で感染者が急増し続けているのは、間違いなく日常生活の再開が一因だ。キャピタル・エコノミクスのアナリストは「回復は一筋縄ではいかない」とみる。

完全な経済の回復も望めそうにない。過去の感染症の流行は経済に消えない傷痕を残した。世界銀行によるとSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラ出血熱、そしてジカ熱の収束から3年たっても、打撃を受けた国への投資額はそうでなかった国を平均9%下回った。労働生産性はほぼ4%低かった。今回の新型コロナがもたらす長期的な打撃ははるかに深刻だろう。

例えば今回のパンデミックは、途上国の多くの若者の教育を中断させている。貧困国では人口の5~19歳の割合(26%)は豊かな国(17%)よりも高く、将来の労働力の大きな割合を占める。学校教育の中断が恒常化する可能性も高い。世銀のアイハン・コセ氏は、貧困国の人は「傍観者」にとどまっている余裕はないと指摘する。若者はパートタイムで働くよう求める「圧力の強まり」から、学校とのつながりを簡単に断ち切る可能性がある。

打撃は人材に及ぶだけではない。景気見通しが暗く、不透明な局面では、起業家は資金調達できても新しい用地取得やアイデア、設備への投資を手控える。世銀によると途上国58カ国の政府は融資を促そうと様々な保証を提供している。それでも銀行はリスク回避の姿勢を崩していないとUBSのバヌ・バウェジャ氏は指摘する。

■経済構造を土台から変質させるリスク

米中対立で既に不安定だった貿易にも悪影響は及ぶ。貿易と海外投資は、新興国にとって外貨獲得とノウハウ習得の源泉だ。企業は外国に製品を売って、国は外国企業を受け入れることで世界について学ぶ。コセ氏らは世銀の最新の「世界経済見通し」で、世界のサプライチェーン(部品供給網)に打撃を与え、国際協調の機運を低下させるなど、「パンデミックはここ数十年の成長の土台となってきた経済構造を変質させる危険がある」と警告した。

この指摘通りなら、新興国の一部の産業には改革が必要だ。だが通説とは異なり、改革は危機時には適さない。米国勢調査局のルシア・フォスター氏とシェリル・グリム氏、米メリーランド州立大学のジョン・ハルチワンガー氏による研究では、米国の前回の景気後退局面では企業を超えた人材移動は鈍化したことが判明した。金融危機は生産性の高い企業も脆弱な企業も吹き飛ばした。つまり大規模な解雇が進む一方で、雇用創出も同じくらい減ったのだ。好況時なら労働者は斜陽産業から有望な成長産業に移れるが、危機時には解雇された労働者は黄昏(たそがれ)の中、路頭に迷うばかりだ。

■必要だった経済対策とはいえ元に戻すのが大変

もっとも新興国の各国政府は、銀行や企業を存続させようと懸命だ。世銀によると途上国42カ国の中銀が3月、利下げした。これは08年の金融危機のどの月よりも多かった。多くの中銀はより普遍的な「最後の貸し手」にもなっている。例えばインド準備銀行はノンバンクなど「影の銀行」の支援に乗り出している。

政府ができるだけ大規模な刺激策を打てるよう、国債を購入して支える中銀も相次ぐ。金融危機の際は一部の当局者から「そこまですべきではない」との反対意見が出ていたとコセ氏は振り返るが、今回はそんな指摘は聞かない。

財政出動に加え、金融規制当局も寛容な姿勢を強めている。銀行のプルーデンス規制を緩和し、会計基準の柔軟な適用を認めることで不良債権に目をつぶっている。ロシアの金融機関は保有債券を3月1日時点の価格で評価できるし、インドは融資の返済猶予を導入した。

金融システム全体の安定を図る「マクロプルーデンス政策」に反するこうした措置は一部の改革を妨げている。中国は数年間進めてきた債務削減の取り組みを転換し、融資を推進している。フィリピンは中銀の定款を改正し財務省からの独立性強化を図っていたが、今や同国の中銀は国債の購入に忙しい。

こうした措置は必要だったが、元に戻すのが難しくなる危険がある。各国政府は早晩、景気回復に水を差すことなく債務増加を食い止める必要に直面する。規制当局は新たな産業が成長する余地を確保すべく債務免除や企業倒産を認めざるを得なくなるだろう。

新型コロナ感染者が長引く体調不良に悩まされる一因は、感染をきっかけに過剰な免疫反応を引き起こす場合があるからだ。この「サイトカインストーム」で病を克服できるケースもあるが、患者を危険にさらす可能性もある。途上国の政策立案者は自国経済が似た事態に陥らないよう注意が必要だ。各国はパンデミックに正しい姿勢で対処してきたが、一連の政策を放置すれば、その防御策がむしろひどい副作用を生むリスクを忘れてはならない。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. August 1, 2020 All rights reserved.

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