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新型コロナワクチン生産、塩野義の戦略は合理的か

グロービス経営大学院教授が「リアルオプション」で解説

新型コロナウイルスワクチンの開発競争が過熱しています。国内では塩野義製薬がワクチンの生産能力を2021年末までに従来計画の約3倍に増強すると発表しました。実現すれば供給量は年3000万人分以上になります。そのために必要な生産設備への投資は数百億円になる見込みです。一方、世界保健機関(WHO、7月31日時点)によると、世界では既に160品目以上のワクチンが開発中です。そのうち7月末までにヒトへの投与を行う臨床試験(第1~2フェーズ)が始まる開発品は26種類、さらに最終段階の大規模臨床試験(第3フェーズ)に進む開発品は6種類あります。

塩野義が開発しているワクチンは、まだ初期の臨床試験にも入っていません。こうした状況を踏まえると、現段階で生産設備に大規模な投資を決めるというのは、少々無謀な判断のようにみえます。はたして塩野義の判断は妥当といえるのでしょうか。グロービス経営大学院の金子浩明教授が「リアルオプション」の観点から説明します。

【解説ポイント】
・新型コロナワクチンは少しでも早く求められる
・各国のワクチン獲得競争で、国産化も必要
・塩野義製薬の大型投資はリスクを踏まえた合理性がある
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ワクチン開発には不確実性あり

リアルオプション理論とは、不確実性のもとで資源配分やプロジェクトの評価をする際の考え方です。もともと金融工学の理論ですが、経営上の意思決定にも応用されています。平たくいうと「不確実性の高い環境で、決められた期間内に、何らかのオプション(延期、拡大、縮小、撤退)を行使する権利」です。不確実性のある将来において、こうしたオプションを持つプロジェクトや資産は、そうではないものに比べて高く評価されます。新薬開発のような不確実性の高い研究開発プロジェクトの評価には、この理論が応用できるのです。

ワクチン開発が成功するかどうかは、動物試験やヒト臨床試験をしてみないと分かりません。また、開発している最中に、他社が画期的な製品を先に市場投入してくるかもしれません。こうしたリスクに対応するため、ステージ・ゲート法(フェーズ・ゲート)というプロジェクト・マネジメント手法が用いられます。研究開発をいくつかの段階(フェーズ)に区切り、各関門(ゲート)の審査をパスした場合のみ、次の段階に進めるというものです。パスできなければ、中止や撤退となります。これがリアルオプションです。

3000万人分生産は多すぎる?

ちなみに、塩野義はヒト臨床試験の前に生産能力を3倍にすることを決めました。もし、設備が完成してしまった後、ワクチン開発に失敗してしまったら、莫大な投資が水の泡になる可能性があります。なぜ、このような判断をしたのでしょうか。

考えられる理由のひとつは、生産設備の「新型コロナ以外の転用可能性」です。塩野義傘下のワクチン工場の設備は、新型コロナ以外のワクチンも生産可能です。もし、コロナウイルスワクチンに失敗すれば、インフルエンザやその他のワクチンの生産に切り替えればいいだけです。これもリアルオプションです。

しかし、3000万人分のワクチンを供給できるだけの大型設備になると、新型コロナのようなパンデミック(世界的流行)が起こらない限り、せっかくの設備が余ってしまう可能性があります。ワクチン開発に失敗する可能性を考慮すると、現時点では設備を増強するという判断は、非合理に思えます。

さらに「世界で最も効果的なワクチン」が供給されるようになるのは時間の問題でしょう。新型コロナとの戦いは国を超えて人類共通だからです。通常の新薬の場合、開発した製薬会社が特許権を有し、一定期間は独占的に製造・販売することができます。しかし、今回のパンデミックに関しては、国際機関が仲介してこれらの特許権を管理し(パテントプール)、途上国などのジェネリック医薬品メーカーと製造法を共有する方法が模索されています。

そうなると、日本で開発したワクチンが求められる期間は、ベストなワクチンのジェネリック(後発薬)が普及するまでの期間に限られます。結果的に、塩野義の設備は余ってしまうのではないでしょうか。

しかし、そうとも言えません。人々は、遅れて届くベストなワクチンよりも、すぐ手に入るワクチンを求めているからです。21年予定の東京五輪に間に合わせるには、時間的な猶予は多く残されていません。そう考えると、3000万人分への増強は過大とは言えないでしょう。

海外に目を移すと、米トランプ政権の動きは早かったです。英アストラゼネカに12億ドルの資金を拠出してワクチン3億回分を確保し、米ファイザーとワクチンの開発に成功した場合に19億5000万ドルで1億回分のワクチン供給を受けることで合意しました。確保したワクチンは、自国民への供給を優先する方針です。日本にも多くの外資系製薬メーカーがありますが、そうした企業だけに頼ることはできません。日本の製薬メーカーが日本でワクチンを生産することも必要なのです。

ワクチン接種が定着する可能性も

新型コロナワクチンは一生に1回どころか、年に1回、あるいは年に数回の接種が必要になるかもしれません。新型コロナウイルスに感染したほとんどの人は抗体を作りますが、急速に衰えていくことが多く、感染後数カ月で免疫がほとんどなくなるという調査結果があります。通常の風邪と同じです。もしそうならば、定期的なワクチン接種や、2つ以上のタイプのワクチンを組み合わせて接種することになるでしょう。

また、ワクチンがターゲットとしている部位にウイルスの変異が生じた場合、ワクチンの効果が弱まる可能性もあります。そのため、世の中には異なるタイプのコロナワクチンが複数存在しているほうが、ウイルスとの戦いには有利です。

いま、世界で開発を進められている新型コロナワクチンには、大きく分けて2つのタイプがあります。体内で抗原(生物体内で抗体を形成・出現させる物質)を発現させるものと、抗原自体を人に投与するものです。塩野義が手掛けている組換えタンパクワクチンは、後者に該当します。

このように、塩野義のコロナワクチン生産設備への投資は、一見非合理に見えるものの、リアルオプションの観点に加え、新型コロナウイルスとワクチンの特徴を踏まえると、極めて合理的な判断だと思います。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「リアルオプション」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/7435b354(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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