今日も走ろう(鏑木毅)

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コロナ禍、ランナーはつらいよ 明るい仲間から勇気

2020/8/6 3:00
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年間を通じ100マイルレース(約160キロメートル)の走り方を指導している。7月上旬、4カ月ぶりに練習会を開いた。再開にあたっては、十分な感染対策はもちろんのこと、周囲の目を意識し、どこでどのようなトレーニングをするのか1カ月ほど前からさまざま想定を繰り返した。ただ、どんなに検討を重ねたところで感染のリスクをゼロにするのは難しい。前日は久々にメンバーに会えるうれしさはあったものの不安な気持ちも抱いていた。

「チーム100マイル」のメンバーと4カ月ぶりに一緒の練習

「チーム100マイル」のメンバーと4カ月ぶりに一緒の練習

当日は大集団にならないよう気を配り、特定の場面を除きマスクの着用をお願いするなど感染予防策としてあれこれ伝えることが増えた。万が一にも「自分たちが感染源になってしまったら」と思うとついつい強めの言い方になってしまい、参加者の受け止め方が気になる。きっと全国のイベント主催者も、同じように対応に苦慮しているのではないだろうか。

さて、チームのメンバーは長い自粛期間もあり、目標だった大会もことごとく中止となったせいで、走力もモチベーションも落ちているだろうと思っていた。そこで「たとえレースはなくても毎回のトレーニングは、必ず城の石垣を積むように形として残り、やがて将来の大きな成果に結びつく」と、自分自身に言い聞かせるように訓示した。ところが実際に走り出すと意外にもメンバーの走力が落ちていないのに驚かされた。リモートワークなどで従来は通勤などで費やされた時間をいまは走ることにあてているらしい。

ランニング中のマスク着用の是非をめぐり、さまざまな意見があると承知している。やはり呼気による飛沫が平常時より拡散するリスクがあるそうだ。そのため周囲に配慮し、全力で追い込む時以外はマスク着用をお願いした。そうやってある程度距離をとり、まさにマスクを外したちょうどその時、散歩中の初老の男性に非難された。飛沫を恐れたのか、あるいは「こんな事態で悠長にランニングとはけしからん」との思いなのかもしれない。

この一件以来、マスクを常時着用してみたけれどあまりにつらく、熱中症の危険もある。やむを得ずまわりの状況を見計らいつつ着脱しながら走ることにした。世の中には、ランニングを快く思わない人々もいるとわかってはいても、ここ数カ月、ランナーを見つめる周囲の視線は冷ややかな気がする。

このように気を使いながら走るのは少々気が重い。でもランニングは野球やサッカーなどと異なり、囲われた空間内で実施するものでもなく、開かれた社会への十分な心配りは欠かせない。東京オリンピックに向けて、スポーツをする権利の大切さが声高らかに唱えられてきた。ところがコロナ禍においてはやむを得ないのか、スポーツは自粛すべきだとの同調圧力が強まる一方で、一抹の寂しさを覚える。

この4カ月間、メンバーそれぞれに葛藤はあっただろう。それでも走っているみんなの明るさに救われた気がする。飛沫を気にして、十分な会話はできなかったけれど、ランニングに対する真摯な態度で思いは伝わる。彼らから走る喜びと勇気をもらえた一日となった。

(プロトレイルランナー)

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