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元ブルゾンちえみ、ローマへ 仲介役はコシノジュンコ

編集委員 小林明

藤原史織さん(左)とファッションデザイナーのコシノジュンコさん

今年3月末にお笑い芸人「ブルゾンちえみ」を辞め、イタリアのローマに留学する準備を進めている藤原史織(30)さん。留学を思い立つきっかけになったのは2年前に出かけたイタリア旅行。藤原さんとイタリアを結び付けた仲介役は、尊敬する師匠でファッションデザイナーのコシノジュンコさん(80)だったという。

イタリア旅行で何を体験したのか? 後にCMに親子役として共演することになる藤原さんとコシノさんとはどんな関係なのか? 独特のファッション感覚の秘密とは? 前回のインタビュー(元ブルゾンちえみ「35億」 発想はビヨンセと桃井かおり)の続編をお届けする。

1日しかいなかったローマ、「観光したい」でなく「住みたい」

――もともとイタリアに興味があったんですか。

初めてのイタリア旅行。ローマのコロッセオ前で(本人提供)

「古代ローマ史は好きでしたが、特に深い思い入れがあったわけではありません。まったく未知の世界だったので、そういう場所に行ってみたかったんです。ある日、マネジャーに『休暇を取るつもりなら、秋の学園祭シーズンは難しい。4月の今しかないよ』と言われ、慌てて3泊4日でローマ、フィレンツェ、ミラノを巡る強行日程を組みました。航空券、ホテルの予約以外はすべて自分でやらないといけない一人旅。スリに遭わないか、釣り銭をごまかされないかドキドキしましたが、久しぶりに『生きている』という実感を味わうことができました」

――どんな場所を観光しましたか。

「事前に調べる時間がなかったので、行きの飛行機の中でガイドブックを読みながら、どこを回るべきか考えていたら、ローマだけでも見るべき場所がたくさんありすぎて、予定していた1日では全然時間が足りない。最初から計画ミスでした。仕方がないのでバチカンはあきらめ、コロッセオやフォロ・ロマーノ、スペイン広場、トレビの泉、カラカラ浴場などベタな観光コースを圧縮して回っただけ。真実の口にも行けていません」

ローマ市内の文房具店で。女性店員がインスタで「ブルゾンちえみ」のことを知っていたという(本人提供)

「でも、街中の文房具店やかばん屋を回れたし、地元の人たちとも触れ合うことができたので、たった1日しかいなかったけどすごく楽しかった。ローマを離れる時には後ろ髪が引かれる思いで『また絶対に来ないと』と決意したくらい。後に回ったフィレンツェやミラノも良かったですが、やはり最初のローマが一番印象深かった。あんなに好きになるとは思いもしませんでした。『観光に来たい』ではなく、『ここに住みたい』と思うようになっていたんですから」

歴史、ラフさ、職人気質…白紙の状態で行くワクワク感

――ローマに留学して何をするつもりですか。

「それ、みんなに驚かれるんですけど、実は具体的な目的は特にないんですよ。わざわざ事務所を退社し、お笑い芸人を辞めてまで留学するんだから、『よっぽどすごいことを計画しているんですよね?』って期待されるけど、本当に何もない。ただローマが好きで、ここに住みたいと感じただけなんです」

――白紙の状態で行くわけですね。

「はい。やっぱり、その場所に身を置いてみないと分からないことって、あるじゃないですか。ローマの街も世界史の中に迷い込んだみたいでステキだったし、地元の人々もラフだけど、長い歴史がありますから、しっかりと地に足がついたラフさと言うんですかね……。繊細さや職人気質もあるし、その微妙なバランスがとても心地よかった。私は時間を守るタイプだし、日本人らしい日本人だと思いますが、ローマのそんなところがすごく新鮮に感じたんです。実際に住めばもっと新たな発見があるでしょうから、今からワクワクしています」

イタリア男はチャラくなかった、なぜかイベントで紹介された在日大使

――イタリア男の印象はどうでした?

「とっても優しくて、かわいいなと思いました。なんか、チャラいイメージがあるんじゃないですか。ジローラモさんみたいな……。女性に声をかけることをチャラいと言うなら、たしかにチャラいかもしれない。でも、それなら観光に来ているアメリカ人の方がよっぽどチャラい。イタリア男は実際にはそんなにチャラくないですよ。ただ人懐っこいだけ。第一印象はそんな感じですね」

――留学計画にはコシノジュンコさんも一役買ったそうですね。

コシノジュンコさんにイタリア大使を紹介され、イタリア留学が一気に動き出した

「そうなんです。不思議なんですが、ポイント、ポイントでジュンコ先生が現れるんです。運命を意識したのは昨年8月、先生がプロデュースした文化イベント(浜離宮大江戸文化芸術祭)に招待されたとき。当時は『イタリア留学をしたいな』と心の中でボンヤリと思っていただけ。まったく何も決めていないし、誰にも相談していなかったのに、なぜか先生が私に在日イタリア大使を紹介してくださったんです。どういうわけかその日、会場にイタリア大使だけがいたんですよ」

「『留学について色々調べなきゃ』と思っていた矢先だったので驚きました。目の前にイタリア大使がいるんですから。『これが運命でなかったら何なの!』と感じてしまった。大使に質問や相談をすると、『両国の文化交流のためにとても良いことだから私も応援しますよ』と言われ、日本の語学学校を紹介してもらったほか、留学先やローマの生活についても親切にアドバイスしていただきました。それで留学計画が一気に動き始めたんです」

コロナ禍でも「準備時間ができた」と前向き、来年4月にイタリア留学したい

――不思議な巡り合わせですね。

「話がとんとん拍子で進んだので自分でも驚きました。それで、ちょうど事務所の契約が今年3月末で切れるので『じゃあ、辞めるなら、ここかな』と決断したんです。もし更新時期が来年だったら、辞めるのも来年にしていたでしょうし、再来年だったら、辞めるのも再来年にしていたと思います」

――ところが新型コロナウイルスの感染拡大がイタリアを直撃します。

「渡航予定が4月13日だったので、まさにギリギリのタイミングで留学延期を決めました。これはラッキーだったかもしれません。もし渡航していたら、大変なことになっていたでしょうから。外出も規制され、人と会ったり、話したりするのも簡単ではなくなったので、とても勉強できる環境ではなかったと思います。せっかく査証(ビザ)を取り、ローマでの語学学校や住居を契約し、航空チケットまで買っていたんですが、準備不足だったので、むしろ時間的な余裕ができて良かったかなと前向きに受け止めています。イタリア留学は来年4月に行けたらいいなと思って準備を続けています」

初対面でジュンコ先生にあいさつ、心に残った「このままでいなさい」

――コシノさんとはいつ、どうやって知り合ったんですか。

「ジュンコ先生はずっとリスペクトしてきた憧れの存在でした。私がブレークする約半年前の2016年8月、たまたま友人が先生のブティックで誕生パーティーの応募チケットをもらってきたので、一緒に行き、初めてお会いしたのがきっかけです。タイミングを見計らって『はじめまして。お笑い芸人やってるブルゾンちえみといいます』とあいさつしたら、先生が私を見ながら『あなた、とってもチャーミングね。かわいいから、ずっとこのままでいなさい』と言ってくださった。その言葉がすごく心に残っています」

――その時もコシノジュンコ風のメークと髪形だったんですか。

「そうです。会場でも『ああ、あの人、コシノジュンコの熱狂的なファンなんだ』という周囲の視線を感じました。でも、ウケを狙ったわけでも、ちゃかそうと思ったわけでもないんですよ。普段からプライベートでもそういう格好をしていましたから……」

自然にたどり付いたコシノジュンコ風、ドコモCMに親子役で共演

初対面の会話は、ドコモCMのセリフにも使われた(コシノジュンコさんのブティックで)

――なぜコシノジュンコ風ファッションをするようになったんですか。

「芸人を目指していた頃、すごく太ってしまった時期があって、痩せていたら白ティーでもデニムでも、何でも着れますが、太ったらただの怠惰な女じゃないですか。『これはマズいぞ。自分に似合うメークや髪形を探さなきゃ』と考え始めたんです。私、素顔がサッパリ顔だから、韓流の女優やアイドルみたいにアイラインや眉毛をかなり強調するメークに変えてみたらどうだろう。それに合わせておかっぱのヘアスタイルにしてみたら……。そんな感じで自然にこのスタイルにたどり着きました。でも先生の存在はよく知らなかったんです」

「そしたら、ある日、お笑い養成所の講師に『おまえ、コシノジュンコみたいだな』って言われて、初めて先生を意識するようになりました。早速、先生の若い頃の写真をネットで見ると、たしかに各部分のパーツの位置や雰囲気などが私にそっくり。それで色々と先生のことを調べるようになり、前向きに挑戦する姿勢や人生観など、知れば知るほどリスペクトするようになってゆきました」

――NTTドコモのCMでは親子役で共演します。

藤原史織さん(左)とコシノジュンコさんをかたどったブローチ(非売品、コシノジュンコさんのブティックで)

「撮影の際、先生が『私、長いセリフはしゃべれないからダメなのよ』とおっしゃっていた。だから、監督が考えたセリフが『いいのよ、ちえみはずーっとこのままで……』。初めてお会いした際、私が先生からいただいた言葉をそのまま使ったんです。以来、先生のイベントや仕事によく呼んでいただき、楽しい時間を共有しています。先生からは様々な影響を受け、私の人生も大きく変わりました。本当に感慨深いです。今も深く感謝しています」

(聞き手は編集委員 小林明)

※次回は藤原さんの生い立ちのほか、環境問題に目覚め、少年漫画や陸上競技、受験勉強に明け暮れた学生時代、島根大学教育学部を中退した理由、お笑い芸人を辞めた後の暮らしぶりなどについて語ります。

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