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辛苦忘れる 静かな鎮魂劇(演劇評)

コトリ会議「晴れがわ」

月面を舞台に生死の境を越えた人間模様が描かれた

コトリ会議の山本正典は孤独感を、独特の文体で描く不思議な世界観が注目される関西の劇作家。新作「晴れがわ」は、月面が舞台(7月11日、兵庫県伊丹市のアイホールで所見、山本正典+原竹志演出)。

雨子(依田玲奈)は明(大石英史)と月で結婚式を挙げる直前、死を選び、「羊人間」となって甦(よみがえ)る。羊人間とは、思い出そのままの姿で現れた存在のこと。さらに雨子のお腹(なか)の子も、羊人間として、雨子の兄弟の前に現れる。なぜ雨子は、死を選んだのか。次第に生前の心の闇が明らかになる。

月世界と、地球の実家での思い出の風景が交錯する。幼い頃両親が亡くなり、取り残された雨子と兄(原竹志)、弟(山本正典)。埋めようのない欠落感から、兄と関係を持ち、さらに弟にも心の安らぎを求める。明と婚約したものの、すでに兄の子を身ごもっていた。

木の切り株が散在する、薄暗い空間。月を舞台にした寓話(ぐうわ)的な空気感により、近親相姦(そうかん)という素材の生々しさが薄れ、寂寥感(せきりょうかん)が純化され、焙(あぶ)り出される。俳優の言外の表現から、互いの愛憎が浮かび上がった。

現実逃避するしかなかった雨子。明だけでも地球に帰すため、一人で死を選んだのだろう。地球は現実の生活の暗喩。月は辛苦から逃れ、生まれ変われる、生死の境目のような場所。「辛いことから隠れる」「忘れる」という台詞(せりふ)が際立つ。これは、ウイルスの危機に瀕(ひん)する渦中に書き上げられた戯曲だからか。先の見えない闘いの中、奇妙な想像の世界の中で、ひと時辛苦を忘れ、心の休息を誘う、静謐(せいひつ)な舞台。家族の死も看取(みと)れず、別れの実感も得られない現状を、一人の女性の死を通して描いた、死者との対話を描く鎮魂の劇だ。

(大阪芸大短期大学部教授 九鬼 葉子)

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