コロナ後の新常態、「Zoomの次」探るシリコンバレー

新型コロナウイルスの感染拡大で最も注目された企業がビデオ会議サービス「Zoom」の米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズである。利用者は2019年末に1日約1000万人だったのが、20年4月末には約3億人と30倍になった。株価も同時期に約4倍となり、時価総額はおよそ7兆円に達する。
こうした中、「Zoomでは物足りない」として7日、新星のように現れたのが「mmhmm(ンーフー)」というビデオサービスだ。開発したのは、クラウド文書サービスのエバーノート元最高経営責任者(CEO)で創業者のフィル・リービン氏だ。
シリコンバレー屈指のベンチャーキャピタル(VC)であるセコイアキャピタルの担当者は、リービン氏がプレゼンテーションをしたその場でmmhmmへの投資を決定。米ツイッターの共同創業者であるビズ・ストーン氏など著名な個人投資家を含めて総額で450万ドル(約4億8000万円)を一瞬にして集めた。現在、ベータテストの段階で約1000人限定で提供しており、10万人以上が試用を待っている段階だという。
セコイアがリービン氏を再評価
なぜここまで注目されているのか。リービン氏は「Zoomなど様々なビデオ会議サービスを利用しているが、退屈で疲れてしまう。ビデオを利用してプレゼンをするためのもっといい方法があると思いつき、この5月から開発を始めた」と明かす。
mmhmmは利用者がテレビキャスターのように画面に登場できるのが特徴だ。例えば、グラフを表示したうえで自分は左下に小さく登場し、重要な部分を指し示して数字について説明するといったことが可能となる。

今後は、違う場所にいる2人があたかも1つの部屋からプレゼンをしているようにしたり、プレゼン資料を映画のように配布したりといったことも可能にするという。実はmmhmm自体はカメラ機能のソフトで、Zoomと連携させて使うものだ。そのため米マイクロソフトや米シスコシステムズ、米グーグルなどのビデオ会議サービスでも利用できる。
mmhmmの登場からはシリコンバレーの投資家と企業家のダイナミズムが垣間見える。というのもセコイアは15年、エバーノートの株主としてリービン氏がCEOから降りることを主導したとされる。そのセコイアがmmhmmに出資を決め、リービン氏が表舞台に戻って来るのを後押しした。「失敗を評価する」「いいものはいいと認める」というシリコンバレーの強さがここにある。
新型コロナの感染拡大に伴い、人々の生活や働き方はニューノーマル(新常態)へと移行している。新常態に向けて企業や社会が動く中、シリコンバレーの投資家や企業家はそのダイナミズムをさらに発揮させようとしている。
新常態に向けた投資は様々な分野で活発化している。日米に拠点を持つVCの米ソーゾーベンチャーズの松田弘貴プリンシパルは「シリコンバレーを中心とした主要なVCを30~40社モニタリングしている。件数は減っている一方で、投資総額は前年比であまり変わっていない。つまり新常態にマッチする案件が選別され、1社当たりの金額が大きくなっている」と解説する。
ハイペースでM&Aを進める「GAFA」
北米ではVCだけではなくは事業会社が新常態に投資する例も増えている。例えば、カナダのスポーツウエア大手、ルルレモン・アスレティカは6月末、フィットネススタートアップの米ミラーを買収することで合意したと明らかにした。スポーツウエアという日用品企業が5億ドル(約535億円)を拠出したことは、VCなどを驚かせた。
ミラーは、インストラクターの動作や各種情報を表示する機能を備えた「スマートミラー」を手掛けており、フィットネスコンテンツをサブスクリプションで提供している。ルルレモンは19年にミラーに出資して瞑想(めいそう)のコンテンツなどをつくっていたが、コロナ禍を受け、傘下に収めた格好だ。
株価が高値で推移している、米西海岸のテック大手「GAFA」やマイクロソフトも、新常態を見据えて積極的にM&Aを進めている。
なかでも米アップルの動きが急だ。報道ベースで昨年は8件だった買収案件が、今年は7月27日の時点で6件に達している。6月には、遠隔でのスマートフォン管理ソフトを開発する米フリートスミスを買収したと報じられた。
米フェイスブックは昨年の6件に対して現時点で4件の買収が明らかになっている。6月には3次元マップのスウェーデンのマピラリーを買収した。フェイスブックが力を入れる仮想現実(VR)のコンテンツでの活用を想定しているとみられる。
マイクロソフトも昨年8件に対して既に6件とハイペースだ。例えば、7月にビデオデータ分析に強い米オリオンズシステムズ、5月にはRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)と呼ぶ業務自動化ソフトの英ソフトモーティブを傘下に収めている。
「クマが出てきて死んだふり」の日本
08年のリーマン・ショック後、シリコンバレーから革新的なサービスが次々と生まれた。その背景についてシリコンバレーのVCであるNSVウルフ・キャピタルの校條(めんじょう)浩マネージング・パートナーは「初期段階のスタートアップは顧客がいないので開発に注力している。日本の中小企業と違って、多くは1年かそれ以上の運転資金を持っている。こうしたスタートアップからコロナ後に様々な先進的なサービスが出てくる可能性が高い」と話す。
シリコンバレーを中心とする北米では、コロナ禍による変化を機会と捉えて、テクノロジーへの投資や開発が活発化している。一方でこうしたM&Aの舞台に日本企業の姿はない。
校條氏は「日本企業は思考停止状態に陥っているのではないか。多くの日本企業は攻めもしなければ、戦略的な守りもしていない。森でクマが出てきて死んだふりをしているような状態だ。新型コロナの影響はいずれ薄れるだろうが、そのときに新常態への対応で大きな差が出る」と危機感をあらわにする。日本企業にも新常態を見据えた戦略が求められている。
(日経BPシリコンバレー支局長 市嶋洋平)
[日経ビジネス電子版 2020年7月28日の記事を再構成]
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