株式投資の経験は必ず仕事に生かせる(奥野一成さん)
農林中金バリューインベトメンツCIOに聞く

日経マネー特集
2020/8/3 2:00
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収益性の高い企業を厳選して長期投資する人気投信「おおぶね」シリーズを運用する、農林中金バリューインベストメンツ最高投資責任者(CIO)の奥野一成さん。5月に出版した『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』が累計発行部数3万部を突破、幅広い層の支持を得ている。執筆の動機や投資を経験するメリット、有望な投資先の見極め方などを聞いた。

農林中金バリューインベトメンツCIOの奥野一成さん(撮影/大沼正彦)

農林中金バリューインベトメンツCIOの奥野一成さん(撮影/大沼正彦)

■日本の将来に強い危機感を抱き執筆

――著書では個人投資家のみならず、株式投資をしたことのない人も対象に、投資の本質や投資経験の重要性を説いています。

投資とは何かを理解し、実践している人が少な過ぎる日本の現状に強い危機感があったからです。なぜ投資をしないのかを色々な人に聞いてみると、多くの場合は投資と投機を混同していて、「投資は危ない」「だまされそう」というイメージから「投資はやらない」と決めてしまっている。

しかし、日本経済を取り巻く環境が厳しさを増す中、このままの状況が続けば日本は着実に貧しくなってしまいます。この状況から一歩踏み出す勇気を多くの人に持ってほしいと願い執筆しました。

──組織で働く人も、資本家の視点や投資家の思想を持つべきだと指摘します。

会社員として働く日本人には、会社から給料をもらうために上司に言われる仕事だけをこなす、いわば「他人に働かされている」人が多いように思います。こうした人たちを僕は「労働者1.0」と呼んでいますが、そのような働き方を続けていては、高い付加価値を生む仕事はできないし、自律的に稼ぐ力は磨かれません。こうした人材が多数しがみ付いているような組織は当然、企業としても弱くなります。

労働者1.0と対極にあるのが資本家です。自分でお金を出し、稼ぐ仕組みをつくり、人を働かせて利益を得る。ビジネスを拡大する上での課題を見つけ、解決する力も持っています。

こうした視点や力を持って組織で働く人を「労働者2.0」と名付けています。労働者2.0は、上司に指示される前に自らの頭で考えて動き、業界や社会全体の変化を見据えてビジネスを変革していくことができます。時間を売って生活費を稼ぐのではなく、自分の才能やスキルを売って稼ぐ。もし今勤めている会社が倒産したとしても、それまでに築いたスキルや人脈を生かして他社で、あるいは独立して活躍することができます。

労働者2.0のマインドを持った働き手が増えれば、日本企業は競争力を取り戻すことができると考えています。

──働き手の意識改革にはどんな施策が有効だと考えますか?

一番重要なのは教育です。会社に就職したらそこで一生面倒を見てもらうといった発想ではこれからは通用しない、と子供たちにきちんと教えるべきだと思います。また、今働いている人には、会社や国に依存するのをやめ、主体性を取り戻してほしいと思っています。

働く人の自立を説くのは、僕自身が新卒で入った銀行(日本長期信用銀行)の破綻を経験したからです。人間は「明日失業するかも」という危機感を持たないと、会社にしがみ付いていようという発想になりがちです。日本ではその状況が30年間続いてきました。これでは、働く人も企業もどんどん弱くなる。一人でも多くの人に、会社に飼われている状況を脱して自立してほしいと願っています。

■日本社会の本質はコロナでは変わらない

──新型コロナの感染拡大を機に日本人の働き方は大きく変わりました。この変化が、会社への依存から脱するきっかけになり得るのでしょうか。

ならないと思います。コロナ対応で確かにテレワークは広がりましたが、それは非効率な働き方を効率化するという本来あった流れが加速しただけです。コロナによって仕事への意識が大きく変化するとか、経済や社会が大きく変わるといった論に僕はくみしません。

東日本大震災の時もそうでしたが、こうしたショックが起きると多くの人は思考が近視眼的になります。今回も資本主義が変わるとか、人々は旅行しなくなるとか、色々なことがいわれていますが、ワクチンが開発されれば、人々の暮らしは元に戻ると思っています。

──コロナによる経済活動の縮小で、当面はコロナ前の7割程度の需要しか見込めないといった指摘もあります。

コロナが収まれば需要は戻ると思います。ただ、巣ごもりなどとは全く別の観点から、世界経済の成長率は落ちていくとみています。

経済全体の規模が大きくなればなるほど成長率は逓減するのは当たり前ですが、それに加えて深刻なのが、コロナが加速した先進国と新興国の分断です。もともと世界経済の成長は、新興国の高い成長率に支えられていました。先進国の技術を新興国に導入することで新興国の需要を開拓し、高成長を実現してきたのです。しかしコロナにより、先進国と新興国の格差も、あるいは国内の貧富の格差も、ものすごい勢いで加速しています。これは、ワクチンが開発されても解消されない問題です。

──世界経済が低成長の時代に入ると、インデックス投資で資産を増やすのは難しくなります。

これまでは大きく成長する企業と小さく成長する企業がいて、平均としてのインデックスが上がってきましたが、これからは勝つ企業と負ける企業が明確に分かれるでしょう。日本では特にインデックスでもうけるのは難しくなり、アクティブで勝負するしかなくなる。強い会社をどう選別していくか。僕らファンドマネジャーの手腕が問われる時代になるでしょう。

■稼ぎ続ける力がある米国企業に長期投資

──奥野さんは米国を中心に長く稼ぎ続ける力のある企業の株を長期間ホールドする運用をしています。永続的な収益力を持つ企業をどんな視点で選ぶのでしょうか。

重視するポイントは3つあります。高い付加価値を生む企業であること、高い参入障壁があること、そして世界的な長期的潮流に乗った事業であることです。

高い付加価値とは、世の中にとって本当に必要なものをつくっているかどうか。言い換えれば、付加価値にこだわった経営をしているかどうかです。日本企業で言えば、粗利8割を上げる事業に集中するキーエンスのような企業です。

参入障壁では、競争優位性の強さに注目します。一番分かり安いのは規模の経済ですよね。米コカ・コーラの清涼飲料水、信越化学工業の半導体シリコンや塩ビ樹脂などを見れば分かるように、圧倒的シェアは競争優位性に直結します。

長期潮流は、単なるブームやトレンドではなく、世界人口の増加や長寿化といった普遍的かつ不可逆的なものを指します。

──条件を満たす企業をリサーチする方法は。

投資先候補となる企業については、利益を増やし続けるための事業戦略の「仮説」をつくり、企業訪問や競合分析を通じその仮説を検証していきます。その仮説が正しいと思えれば投資し、利益を出し続けるための条件が崩れない限りは売らずに保有し続けます。

──コロナショックの急落時はどんな対応をしましたか?

有望企業がものすごく安くなった場合は、その会社と今持っている会社のどちらが長期的に利益を生み出す力があるかを比較検討し、前者と判断すれば銘柄を入れ替えます。今回は、ファッションブランドのエルメスやフレーバー業界で世界25%のシェアを持つジボダンなどを買いました。

──コロナ前とコロナ後で、銘柄選定や投資手法に変化は。

何もありません。僕らが投資するのは、その会社がないと世の中が成り立たないという強い企業です。こうした一時的なショックの影響を受けるものではありません。

■株主還元を重視しない理由

──投資判断に当たって、配当などの株主還元は重視しますか?

全くしません。見ているのは配当の源泉となる利益だけです。そもそも、資金を成長投資に回して高いリターンを上げることができるとしたら、配当は企業にとっても株主にとってもマイナスです。将来の企業価値の一層の増大も複利効果も諦めることになるからです。個人投資家には配当を重視する人も多いですが、こうした仕組みを理解する上でも会計をきちんと勉強してほしいと思います。会計を学んだから投資がうまくいくとは限りませんが、その知識は仕事で必ず役立つはずです。

──株式投資は資産形成の手段であると同時に自己投資でもあると。

その通りです。自分の頭で事業の収益性や成長性を考え、どこに投資するかを考える長期投資の思考法はビジネスの本質です。ビジネス力を鍛えれば、稼ぐ力も上がる。稼いだお金を、利益を上げ続ける企業に投資すれば、他人にも働いてもらうことでさらに資産を増やせる。投資によって、キャリア的にも経済的にも自立できます。これからのビジネスパーソンに必要なのは、投資家の思想と、投資を実践する勇気だと思うのです。(聞き手は佐藤珠希)

奥野一成(おくの・かずしげ)
京都大学法学部卒、英ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫へ。07年から機関投資家向けの長期厳選投資ファンドの運用を手掛ける。14年から現職。17年7月から個人向けの投信「農林中金〈パートナーズ〉長期厳選投資 おおぶね」を運用。

[日経マネー2020年9月号の記事を再構成]

日経マネー 2020年9月号 仕込むなら今! 次世代10倍株

著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP (2020/7/21)
価格 : 750円(税込み)

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