だしとスパイス、もこみちさんとコラボ にんべん社長
にんべん 高津伊兵衛社長(下)

新型コロナウイルスの影響で飲食業が打撃を受ける中、かつお節専門店の老舗、にんべんは「ほぼ前年並みの売り上げを確保」した。「3密」を避け、家で食事する人が増え、スーパーなどでのかつお節関連商品の売れ行きが好調だからという。「日本橋だし場」など新規ブランド事業に加え、ロングセラー商品の「フレッシュパック」や「つゆの素」に次ぐ第3の柱となる商品の模索も続ける。前回に続きにんべんの13代当主、高津伊兵衛社長に聞いた。(前回の記事は、「再開発で3年は仮店舗 にんべん13代当主が選んだ道」)
――今回のコロナ禍で飲食業はどこも大変なようですが、御社への影響はいかがですか?
外食店として、うちは「日本橋だし場 はなれ」(東京・日本橋)があります。一汁三菜をコンセプトに2014年にスタートした店舗です。コロナ禍前と比べ、客足はいまだ4割程度までしか回復しておりません。1店舗しかない弊社ですら、そんな惨状ですので、ほかのチェーン店などはさぞや大変だろうと思っています。それでも皆さん、テークアウトやデリバリーなどに積極的に取り組んでおられ、実にたくましい。
コロナウイルスの感染拡大に伴う商業施設の全館休業などもあり、直営店や業務用関連商品の売り上げも落ち込みました。そのかわりに在宅勤務や家で食事をする人たちが増えたことで、つゆの素やフレッシュパックなど家庭用事業アイテムがスーパーなどで伸び、おかげさまで前年並みの売り上げを確保できそうな見通しです。
コロナ禍で、私自身も早めに帰宅し、平日の夜、家で食事を作る機会が増えました。先日は豆腐の上にアジのたたきをのせ、ショウガとしょうゆで「たたき豆腐」にして家族で食べました。買い物のついでに、自社製品の売れ行きをチェックし、ちょこっと自社商品を棚の前に出したりなんてこともやってます。
今回のコロナ禍は確かに大きな試練であるのは間違いありません。その結果として、食べるシチュエーションや場所に変化をもたらすことはあるでしょう。でも、人類が生存する限り、「食」が無くなることはありません。そうした変化の先に我々がどれだけアプローチし、人々の支持を集め、使ってもらえる商品や機会を作り続けていけるか。それが問われる、と思っています。

――俳優でタレントの速水もこみちさんとコラボして、メニュー専用調味料「だしとスパイスの魔法」という商品を2018年秋からシリーズで発売されています。だしを活用した新たなチャレンジですね。
「日本橋だし場」(2010年)や「日本橋だし場 はなれ」という新しい切り口を通じ、にんべんのだしの認知度が、これまで以上に高まったと手応えを感じています。速水さんとのコラボも、だしとスパイスという意外な組み合わせで、洋食の分野での本格的な味づくりへの挑戦と位置づけています。
速水さんには公式に「にんべんアンバサダー」もお願いしています。ご存じのように料理もお得意だし、スパイスに関しても豊富な知見をお持ちです。
専用調味料のマーケットを見渡すと、和食や中華のジャンルでは、すでに他社製品の存在がありました。でも、洋風ジャンルには「隙間」があった。そこで、速水さんと社内の女性開発チームと共同で商品開発に取り組むことにしたのです。スパイスの調達法をどうするかなど手探りも多く正直、試行錯誤を繰り返しました。でも、だしとスパイスで、本格的な味の領域に到達できるのだ、というのが、我々にとっても新たな発見でした。
いまだにロングセラー商品に助けられている現状は、にんべんの課題です。つゆの素とフレッシュパックの2つで、いずれも50年以上売り続けている商品です。第1、第2の柱の周辺にプレミアムなつゆなどサブの柱を徐々に増やしてはきておりますが、「第3の柱」といえるまでの商品はまだ確立できておりません。だしを通じ、減塩など健康基軸の提案もこれから積極的に進めていくジャンルの一つととらえています。

――和食が2013年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されました。以降、何か手応えを感じることはありますか。
かつお節の原型となるものは、日本最古の歴史書「古事記」にも登場するほど、日本人に長く親しまれてきました。世界的にも「うま味」という言葉は以前より広がったと感じています。13年からは海外輸出にも力を入れるようになり、米国やカナダ向けのつゆの素や汁だし類の輸出も順調に増えています。さすがに今回のコロナ禍で今はストップしていますが、終息した暁にはEUや東南アジア方面への輸出開拓にも努めていこうと考えています。
――長い歴史を持つ会社の経営者として、日ごろ心がけていることは何でしょう。
常に考えているのは、人が集まっているところはどこか、ということです。かつて、それはデパートでした。それがスーパーに変わり、今は駅ナカでしょうか。その先に人が集まっているという観点でいえば、スマホもそうかもしれません。人が動くのは、何かきっかけがあるからであり、人と物事は常にセットで動くものだからです。
変化への対応力が重要なのは十分認識しています。その点、IT(情報技術)の分野では、にんべんはまだ十分キャッチアップできていない面があると感じており、無理してでも見極めないと、と思っています。幸い私が個人的に属しているトライアスロンの仲間に、ベンチャー企業の経営者の方がおられ、ITに詳しいので、教えを乞うようにしています。
――最後に、これからのだし文化の継承や食業界に対する展望をお聞かせください。
かつお節やだしを活用しバランスよい食事を口にする機会を今後、さらに広げていくとともに、人々が健康で笑顔になれる機会が増えていったら良いな、と思っています。かつお節・だしはまさに「味のインフラ」。にんべんのブランドステートメント「この国の味、ここから。」も、だしがこの国の食文化を育んできた、という信念に基づくものに他なりません。日本料理のベースになっているかつお節やだしの文化を広く世界に伝えていければと思っています。
にんべん13代当主で社長。1970年東京生まれ。93年青山学院大経営学部を卒業後、高島屋に入社し、横浜店に勤務。96年にんべんに入社、2009年社長に就任し、20年2月、13代高津伊兵衛を襲名。日本橋室町二丁目町会長を11年務め、現在は副会長。NPO法人日本料理アカデミー正会員。一男一女の父でもある。
(堀威彦)
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