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「紙と布」で避難所のコロナ感染防げ、建築家・坂茂氏

熊本県人吉市の中学校に設置した避難所用・間仕切りシステム(PPS)。政府からの依頼で坂茂氏やNPOスタッフが現地に入り設置の手順などを指導した(写真提供:ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク)
日経ビジネス電子版

豪雨災害で懸念されるのは、被災者が密集する避難所での新型コロナウイルス感染拡大だ。2014年に「建築のノーベル賞」と言われるプリツカー賞を受賞した建築家の坂茂氏は、「紙管」と「布」を使った間仕切りで、避難所生活の環境を改善するシステムの開発に注力してきた。坂氏は、「避難した家族の単位で空間を仕切ることで飛沫感染のリスクを抑えることができる」と説明する。実際、今回の令和2年7月豪雨でも熊本県人吉市などが同システムを導入している。豪雨防災と感染症対策。この難しい課題解決を両立するための取り組みについて、坂氏に聞いた。

――避難所の生活を改善するために紙管と布を活用した間仕切りシステム「PPS(ペーパー・パーテーション・システム)」を開発されました。どのような仕組みなのでしょうか。

「体育館などに設けられる避難所は多くの被災者が生活します。プライバシーの確保は人権において必要最低限の要件ですが、避難所では雑魚寝(ざこね)する場合が多く、プライバシーがほとんどありません。誰かが寝ている脇を人が通ったり、避難所で腰を落ち着ける場所を巡って、いざこざも起こりやすい。そこで、紙管をフレームとして組み立て、布を掛けるだけで簡単に設置できるシェルターの開発を進めてきました」

――どのようなきっかけで開発に取り組み始めたのでしょうか。

「04年に発生した新潟県中越地震では避難所に段ボールの小屋をいくつか設置しました。そこで被災された皆さんから避難所生活に間仕切りの必要性を聞きました。05年に福岡県西方沖地震の避難所で腰くらいの高さの段ボール壁の間仕切りを設置したのですが、プライバシーを保つには個室のような空間を簡易に設置する仕組みが必要だと分かりました」

「そこで、06年に私が教える慶応大学の研究室で紙管と布を使った間仕切りシステムを開発しました。多くの自治体に打診したのですが、前例のない仕組みのため、受け入れてもらえませんでした。世間に認知され始めたのは11年の東日本大震災からです。被災地を回って50の避難所に1800ユニットを設置しました。この活動資金は世界各国から集まった支援金によって賄われたのです」

坂茂(ばん・しげる)氏 建築家。1957年東京生まれ。84年米クーパーユニオン建築学部卒業。85年に坂茂建築設計を設立。2014年に「建築のノーベル賞」とも言われるプリツカー賞、17年には紫綬褒章を受章。19年から慶応義塾大学環境情報学部教授を務める。被災者への住環境に対する支援事業を行うNPO法人「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」代表(写真:都築 雅人)

「私は被災者への住環境に対する支援事業を行うNPO法人『ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)』の代表を務めています。先日の令和2年7月豪雨では内閣府から『(PPSを)900セット設置してほしい』との要請が入りました。7月5日に熊本県人吉市に入って、2カ所の避難所でそれぞれ25セット、84セットを設置しました」

「1ユニットの大きさは2人用で縦、横、高さそれぞれ2メートルの正方形となります。3~4人家族の場合は1つのユニットを連結させて空間を広く取ります。紙管フレームは連結して拡張できるのですが、コロナ防疫で飛沫感染を予防するために、1ユニットごとの距離を空けて設置しました」

「中国など海外でのコロナ禍の深刻化を警戒して、今年の2月から感染症に対応したシステムの研究を始めました。国立国際医療研究センターの医師にも協力を仰ぎ、飛沫感染防止に必要な間仕切りの高さやユニットの間隔を検証しました。入り口となるカーテン部分も2重折りにして開きにくくするなど工夫しています」

「設置は簡単なので、誰でもすぐに組み立てができます。今回も被災者の方々が作業を手伝ってくれました」

神奈川県ではネットカフェ難民にも対応

――内閣府から依頼のあった900セットはすぐに用意ができたのでしょうか。

「NPO法人と災害時協定を結んでいる自治体は紙管と布の備蓄があります。今回は豪雨の影響が少なかった千葉県に協力してもらい、まずは600セットを熊本県に運びました。大分県にも備蓄があったのですが、同県も被災していたので融通が難しかった。しかし、紙管と布は準備しやすい材料なので、必要な数があればすぐに対応できます」

「大切なのは災害に備えて普段から間仕切り用の材料を備蓄しておくことです。実は、コロナ禍が深刻化した今年4月にも神奈川県内で、同じシステムを取り入れたネットカフェ難民の受入所を設置しました。神奈川県とは19年12月に災害時協定を締結しており、補正予算を組んで紙管と布を備蓄していたおかげで、県の休業要請に応えて休業したネットカフェに寝泊まりしていた人を受け入れることができたのです」

「災害時協定を締結した自治体はこれまでに大阪府や兵庫県など10府県、17市、2町、11区あります。今年7月には大分県別府市と神奈川県伊勢原市、埼玉県春日部市などと協定を結びました。資材を備蓄する自治体が増えれば、広域災害が発生した際にもお互いに融通しあうネットワークを生かして迅速な対応が可能となります」

――坂さんはご自身で自治体の首長などに間仕切りシステムの説明に回っているそうですね。

「ここ数年は国内で大規模な災害が頻発しています。避難所暮らしは大変です。災害の規模や種類によっては仮設住宅が建つまで数カ月も体育館などの避難場所で暮らすことになる。避難所の現状を知って、少なくともプライバシー確保は大前提になると考えました」

「現場を知らない人は、『親戚の家に行けばいい』『ホテルで生活したらどうか』と思うかもしれません。でも被災地から出られるならば既に出ているし、ホテルは復旧のために全国から集まった関係者が宿泊します。車中泊もエコノミークラス症候群などを発症して命の危険性があります。被災者には避難所しかないのです」

2011年の東日本大震災で避難所となった岩手県立大槌高校の様子。多くの被災者が仕切りのない状態で寝泊まりしており、プライバシーのない生活を強いられた

公共建築の設計には防災活用の観点を

「コロナ禍では人が密集することに伴う感染リスクが加わりました。そこで、避難所の人口密度を減らすため、部材メーカーと一緒に学校の校庭などに設置する簡易テントを開発しています。季節による寒暖差に備えて、断熱効果のある素材を使用しています。屋外テントは30代や40代の若い家族に使ってもらい、高齢者は医療スタッフが近くにいる体育館などで過ごせるような配置を考えています」

「今回はコロナ禍に備えた避難所を考案しましたが、本来はどのような災害対策でも人間的な暮らしができる避難所の設置が理想です。例えば、体育館にエアコンを導入するのは避難所として使う場合の熱中症対策になります。しかし、暖房は暖かい空気が高い天井に向かってしまうので、床暖房を導入するなどの工夫が必要となる。これからの公共建築の設計には、こうした防災活用の観点が欠かせません」

――日ごろから災害に備える体制の構築が、これまで以上に重要になっているのですね。

「そうです。課題は危機意識です。自治体では現場を知らない人が防災を担当することも珍しくない。避難所用の紙管や布を備蓄しても使わないかもしれない。『場所とお金がかかるだけだ』。そう考える自治体も少なくないでしょう」

「それならば防災用具を普段から使えばいい。例えば、間仕切りシステムを使って体育館などで小分けブースを設け、地域のバザーなどを開催してはどうでしょうか。お店を組み立てる作業がそのまま防災訓練になる。多くの人が防災用品の備蓄場所を知ることもできる。段ボールを組み立ててつくるベッドなども開発していますが、キャンプ会などを開催して実際に使ってみるといい。日常に防災を組み込むことが、危機に際して最大の効果を発揮するのです」

(日経ビジネス 江村英哲)

[日経ビジネス電子版2020年7月21日の記事を再構成]

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