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村田諒太、コロナ禍で浮かんできた「未来」

2020/7/22 3:00
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ジムの配慮で、村田は「密」を避けるために基本的に一人で練習している(東京・神楽坂の帝拳ジム)

ジムの配慮で、村田は「密」を避けるために基本的に一人で練習している(東京・神楽坂の帝拳ジム)

新型コロナウイルスの影響で2月末からストップしていたプロボクシングは、7月12日から国内で試合が再開された。もっとも、当面は無観客や大幅な入場制限を伴う開催となりそうで、興行規模の大きな世界タイトルマッチはメドが立たない。今年1月で34歳になった世界ボクシング協会(WBA)ミドル級チャンピオンの村田諒太(帝拳)もその一人。選手生命を左右しかねない難局とどう向き合っているのか。

村田の所属する帝拳ジムは、およそ30人のプロボクサーを抱えている。ジムには緊急事態宣言が明けて選手たちが戻ってきたが、密を回避するために2時間ずつ分けて練習させている。村田は原則午前11時からで、この時間に練習するボクサーは他にいない。ジムでただ一人の現役世界チャンピオンへの配慮もあり、いわば貸し切りの環境を用意されている。田中繊大トレーナーらごく少数のスタッフのサポートを受けて週6日、ジムワークに打ち込んでいる。

■「調子がいい」にも2通り、今は…

「コンディションはかなりいいです。もちろん、実戦練習(スパーリングやマスボクシング)をできていないから分からないけれど、いつでも試合ができる感覚はありますね」

そう語る村田の表情は明るい。慣れ親しんだジムで久々に思い切り汗をかく気持ちよさもあるのだろうが、理由はそれだけではないという。「『調子がいい』にも2通りあると思うんです。例えば、走ってみたら単にタイムが良いという場合と、動きをしっかり理解してなぜタイムがいいか理由も分かっている場合と。今の自分は後者の方です」

コロナ感染が広がり、ジムが一時的に閉鎖された3月末から2カ月間、故郷の奈良に戻っていた。1年延期になった東京五輪代表選手、中止になったインターハイを目指していた高校生を相手にオンラインで講演したりする傍ら、他競技のトレーナーから指導を受ける機会に恵まれ、新しい知識を得たという。

村田がボクシング部の高校生らに対して行ったオンライン授業の様子=共同

村田がボクシング部の高校生らに対して行ったオンライン授業の様子=共同

一言でいえば体を強く大きくすることよりも、効率よく正しく使いこなすことに主眼を置くトレーニングだ。最近「ボディーマップ」という言葉で広がる新しい考え方で、体の全体像(地図=マップ)を認識し、実際の動きと感覚のズレを修正して適切なパフォーマンスにつなげるという。

この考えに基づき、ジムに戻ってから新メニューを取り入れている。ウオームアップではあおむけに寝た状態で風船を膨らませて息を止めたり、7リットルの水が入るウオーターバッグを胸の前に抱えて8の字を描くように歩いたり。前者は内臓を正しい位置に戻す狙いがあり、後者は歩く際に左右にぶれると水が揺れるのでバランスの乱れが分かるのだとか。

サンドバッグ打ちではトレーナーが「1、2、8、10」とランダムに出す数字に合わせ、その番号をあらかじめ振られたパンチ(ジャブ、ストレート、フック、ボディーなど)をコンビネーションで打ち分けていく。「自分がどういうふうに体を動かしているか、意識付けできる効果がある」と説明する表情も、どこか楽しそうだ。

サンドバッグで練習する村田。トレーナーがランダムに言う数字に合わせて、パンチをコンビネーションで打ち込む

サンドバッグで練習する村田。トレーナーがランダムに言う数字に合わせて、パンチをコンビネーションで打ち込む

村田は昨年7月、9カ月前にワンサイドの判定で敗れたロブ・ブラント(米国)に2回TKOで雪辱し、ベルトを取り戻した。初戦の内容から限界説もささやかれたが、このときも人間の適切な体の使い方は4タイプに分けられると説く「4スタンス理論」を知り、スタイルチェンジにつなげている。読書家としても知られる。このボクサーの「知」に対する欲求は、やはり人並み外れている。大事なことは、トレーナーや周囲から与えられるのではなく、自ら求めて取捨選択している点だ。その原点はアマチュア時代にある。

■一人で練習してきた経験が生きる

村田は東洋大の学生時代、北京五輪の出場を逃して一度はグローブを壁につるしている。その後は職員として大学に勤務する傍ら、OBとして後輩たちを指導していた。2年近いブランクの後に一念発起して現役復帰を果たしてから2011年世界選手権で銀メダル、翌12年ロンドン五輪で金メダルを獲得するまで、仕事の時間とやりくりしながら一人で練習してきた。その経験、記憶が今回のコロナ禍でも生きたという。

「(練習や試合ができないステイホーム期間中に)色々と自分を見つめ直す時間があった。これまでも大学時代に指導者がいなくて、基本的に自分一人でやってきた。自分で考えてやらなければいけない環境でずっとボクシングをやってきたことが、大きかったと思う」

ボクシング界に目を転じると、ようやく再出発に踏み出したばかりだ。大阪のジムで複数の感染者が出るなど、コロナの危機は今も忍び寄っている。村田もいざ試合となると、まだまだ視界良好とはいいがたい。

陣営は当初、6月初旬に大阪で2度目の防衛戦を行う計画を立てていた。その後は会場のキャンセルと予約を繰り返し、現状では最短で10月に日本で開催の準備をしてはいる。ただ、そこには商品価値の高い村田ならではのハードルが待ち受ける。

並の世界戦とは興行規模が違うだけに、チケット収入が望めない無観客開催は難しい。対戦相手は99.9%外国選手となるため、渡航制限が立ちはだかる。同様の理由でスパーリングパートナーも呼べない。2カ月間はスパーリング中心の練習に充てることを考えれば、秋開催への時間的猶予は決して多くない。

「アマチュア時代から自分一人で考えてやってきたことが今に生きている」と村田

「アマチュア時代から自分一人で考えてやってきたことが今に生きている」と村田

それでも、村田にフラストレーションや焦りの色が感じられないのはなぜだろう。はた目には34歳という年齢はキャリア終盤にさしかかっているし、今年初めには当代きってのスーパースター、サウル・アルバレス(メキシコ)との対戦交渉も明るみに出た。このチャンスを逃したくないはずである。

「実はまだ何年もあるんじゃないかなと思ってきたんです。終わりを決めていないのもあるし、最近やっとボクシングというものが分かってきた。20年やってきたことを振り返ってみて、こうだからよかったんだとか、こうだから悪かったんだとか分かってきて、やっとうまくかみ合ってきた感じがある。だから、すぐサヨナラも嫌だなと」

■日々の探究で見つかる「伸びしろ」

19年は王座を奪還した7月のブラントとの再戦、初防衛に成功した12月のスティーブン・バトラー(カナダ)戦ともに前半KO勝利で、ボクサーとしてのスケールアップを感じさせた。右の大砲と堅固なブロック技術に偏重していた攻防の幅は広がり、攻撃力と積極性はキャリアのピークにある。

その手応えに加え、日々の探究の中に見つかる「伸びしろ」が村田にまだ強くなれると感じさせているのだろう。アルバレスや17連続KO防衛の大記録を打ち立てた国際ボクシング連盟(IBF)王者のゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)とのビッグマッチも諦めてはいない。

無論、手のひらにある感触をプロとして披露する舞台はリング上しかない。ここから思い浮かべる「未来」をどれだけ実現していけるか、きたるべきときに備えて目の前のできることをやる。村田はそう心得ているようだ。

(山口大介)

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