京阪電鉄「5ドア車両」、なぜ高度成長期に導入?
とことん調査隊

2020/7/21 2:01
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ある日、電車に乗ったら普段の車両よりもドアが多いように感じた。調べてみると京阪電気鉄道の「5000系」という車両だ。同社の他の車両は3ドアだが、5つもある。首都圏などでも標準的に3つか4つだ。ドアの多い車両は他の鉄道会社でも導入されたが、現在は残り少ない。どうしてドアの多い車両が導入されたのか、経緯を探った。

京阪電鉄が5000系を導入したのは、高度経済成長期の1970年だ。他の車両は今と同じ3ドアだった。なぜ5000系だけドアを増やしたのか。同社にたずねると、「沿線の住宅開発が進み、ラッシュ時の混雑緩和が急務となったから」と教えてくれた。

導入前の68年、最も混んでいた野江駅―京橋駅の混雑率は250%に達した。日本民営鉄道協会の基準では「電車が揺れるたびに、体が斜めになって身動きできない。手も動かせない」ほどだ。1編成の車両を増やす解決策もある。ただホームの延長という大規模な工事が必要となり、すぐには不可能な駅も多い。混雑緩和は急を要し、ドアを増やした新車両を導入した。

導入後は時間通りの運行に貢献した。乗客の乗降時間は3ドアの60秒から40秒に短縮した。京阪電鉄で87年から15年間運転士を務めた中西一浩さんも「ラッシュ時は5000系だけ乗り降りが抜群に早く、楽だった」と振り返る。

ラッシュ対策の切り札として7編成を導入。混雑が比較的激しい時間に重点的に投入した。中西さんは「混む列車を担当できるのは一人前の証し。遅れを出してはいけないというプレッシャーも強かった」と懐かしむ。

とはいえドアを増やすと座れる人が減ってしまう。ラッシュ時以外はサービス低下につながる。そこで京阪電鉄は2つのドアの前に昇降式の座席を設置した。混雑する時間帯は座席を上げて5つのドアを使う。その他の時間帯は座席を降ろしてドアは3つ。こうして混雑緩和とサービス維持を両立した。

昇降式の座席の導入は日本で唯一だ。車両部の林淳一さんは「単純な機構で故障も少なかった」という。昔は駅で座席を昇降していたが、運用に余裕が出た現在は車庫に戻って作業する。

車庫での座席昇降を見学した。安全確保のため車両の両端の運転席にあるスイッチを同時に入れる必要がある。車内放送で「座席下げ位置にします」「下げ位置承知しました」とやり取りし、スイッチを入れると「キンコンキンコン」という警戒音とともに15~20秒で座席が降りてくる。

この5000系、今でも4編成が活躍しているが、想定よりも早く引退することになった。京阪電鉄は2020年度中に安全向上を目的に京橋駅のホームドア整備に着手する。「ドアの位置が他と大きく異なる5ドア車に合わせるのは難しい」(広報)という。全車両に占める割合は5%にとどまり、引退も間近。今後は貴重な存在となりそうだ。

混雑が昔ほどひどくなくなったこともある。現在の年間輸送人数は約3億人で、1974年の約4億人から減少傾向が続く。混雑率も足元では最高で122%に落ち着いている。

関東でも東京メトロや東武鉄道が5ドア、JR東日本や東急電鉄が6ドアの車両を導入したが、東武を最後に20年3月までに全ての車両が引退した。鉄道ジャーナリストの梅原淳氏は「物理的にホームドアに対応できず、ラッシュ時以外のサービス低下につながり、鉄道会社にとっても扱いづらくなってきた」と指摘する。

高度経済成長期の混雑対策として導入された5000系。ホームの安全強化という令和の時代の流れに合わせてひっそりと引退へのカウントダウンを始めている。

(金岡弘記)

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