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笑いと涙の「怒劇」森崎東監督逝く

「ペコロスの母に会いに行く」撮影現場の森崎東監督 (C)2013『ペコロスの母に会いに行く』製作委員会

「喜劇でなく怒劇です」。7月16日に逝った森崎東(あずま)監督は自身の映画をそう定義した。笑いと涙に満ちながら、「型にはまらない」(映画評論家の山根貞男氏)。そんな森崎作品の底にあったのは、ふつふつとした「怒り」だった。

監督歴の前半は「喜劇 女は度胸」(1969年)に始まり、「喜劇 女は男のふるさとヨ」(71年)からの女シリーズへと連なる松竹作品。確かにプログラムピクチャーなのに、どこかはみ出している。森繁久弥が営む新宿芸能社の踊り子たちを描く女シリーズは、疑似家族の生き様を通して、松竹伝統の家族という主題を揺さぶった。「男はつらいよ フーテンの寅」(70年)は寅さんの屈辱物語として構想した。

「黒木太郎の愛と冒険」(77年)以降の独立プロ作品はさらに奔放になる。原発、沖縄、外国人労働者など様々な主題を盛り込んだ「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」(85年)はその代表作。ごった煮の魅力は「ニワトリはハダシだ」(2004年)を経て、認知症の老人の記憶の混交を描いた遺作「ペコロスの母に会いに行く」(13年)まで引き継がれた。

「笑ってください、しんみりしてくださいと強いるのでなく、型から外れていくことで、見る人の心をざわめかせる。平地に乱を起こす。そこに笑いや涙がうまれる」と山根氏。型からの逸脱には「怒りがかかわっている」と見る。

「ペコロス」の撮影中「この年になると自分がどこから来たか自問する」と語った。敗戦翌日に割腹自殺した兄を巡る映画を構想しながら果たせなかった。権力を笑いとばし、庶民の喜怒哀楽に寄り添った森崎の「怒り」の原点はそこらにあったのかもしれない。山田洋次監督は「頭脳明晰(めいせき)、学識豊かな知識人で、思いやりにあふれた豪快な九州男児だった」と悼んだ。

(古賀重樹)

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