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経営改革も日本に先行 危機でも伸びるアジア資本主義

『アジア資本主義』

アジアの国・地域は日本にとってライバルといえる存在になってきた

台頭してきたアジア経済が日本のライバルになりつつある。コロナの影響で苦境に直面しているものの、成長への歩みは止まっていない。今回紹介する『アジア資本主義』は、中国やインド、東南アジアなどで豊富な取材経験のある金融ジャーナリストが政治経済の最前線を追った一冊。ビジネスパーソンの「必須科目」となったアジア経済の知識をアップデートするのに最適の参考書といえよう。

◇   ◇   ◇

小平龍四郎氏

著者の小平龍四郎氏は日本経済新聞編集委員。1988年に早稲田大学第一文学部を卒業、同年日本経済新聞社に入社。証券部記者として「山一証券、自主廃業」や「村上ファンド、初の敵対的TOB」などを取材しました。欧州総局、経済金融部編集委員、論説委員、アジア総局編集委員を経験しています。著書に『企業の真価を問うグローバル・コーポレートガバナンス』があります。

グローバルよりリージョナル

中国が経済規模で世界2位の大国であることは広く認識されています。それでは東南アジア諸国連合(ASEAN)やインドについては、どうでしょう。高成長のイメージはあるものの、まだまだ欧米や日本よりも未熟な新興国と考えがちではないでしょうか。著者はそのような認識は甘いと断言します。「もはや、アジアに対して上から見下ろす態度をとるわけにはいかない。各国が高成長を遂げてこられた理由を、私たちが謙虚に学ぶべきではないか」と問いかけます。

金融・証券分野の取材経験が豊かな著者は、まずファンドの動き方を分析することからアジア・ウオッチを始めます。ファンドとは、投資の専門家が資本市場からお金を集めて企業や事業、プロジェクトに投じ、価値が高まったところで売却し、リターンを出資者に返還する仕組みです。成長資金を提供している新興ファンドの一例として、マレーシアの首都クアラルンプールにあるクレドールが紹介されています。創業者はインドの金融界から転じたブラーマル・バズデバン氏。11年に1億3000万ドルの第1号ファンドを立ち上げました。18年5月には第4号となる5億ドルのファンドの組成に成功しています。同氏へのインタビューを紹介しましょう。

 「後押ししたいのは企業のグローバル化ではない。多くのアジア企業にとって重要なのはリージョナリゼーション(地域化)である」(バズデバン氏)。この場合のリージョナリゼーションとは、地元に固執するという内向きの意味合いでは決してない。一足飛びに欧米や日本などの先進国市場を狙うのではなく、まずはASEANや中国、インドなどアジア各地で確固たる足場を築く戦略のことだ。
 人口が増え、経済規模が拡大している地域をホーム市場にしているのだから、わざわざ経済が成熟して競争が激しいアウェーに出ていくことはない、そんなしたたかな姿勢が透けて見える。
(第1章 アジアを動かすファンド資本主義 53~54ページ)

実業でも、地域を重視する姿勢が目立ちます。例えばインドネシアで創業した配車のゴジェック。同社をデカコーン(推定企業価値100億ドル以上の未公開企業)に育てたナディム・マカリム氏は、しばしば本社を構えるインドネシアへの強いこだわりを強調します。「まずは2億6000万人の人口を抱える母国市場で盤石の態勢を築くことが重要で、ASEANの外へ出ることは想定していない」と発言しています。各国・地域の地元ファンドが、こうした「戦略的ローカル志向」を資金面で支援しているのです。

企業統治の先進国は?

グローバル・ビジネスというと、規制やガバナンスに関して「欧米基準」で判断してしまう人が多いようです。しかし様々な分野で、アジアはもはや日本にとってライバルといえる存在になってきました。

 ここにきて、日本のガバナンス改革の手ごわい競争相手として浮上してきたのが、東南アジア勢である。日本と同等か、それ以上の成果を出しつつある国もある。アジア資本主義が洗練に向かうプロセスだ。
 「社外取締役への株式による報酬の付与は、経営が全体として短期の株価を意識しすぎる恐れがある。導入には反対だ」。2019年1月末、マレーシアの個人投資家団体、少数株主監視グループ(MSWG)が、投資先の油田設備大手アラム・マリティム・リソーシズに意見を伝えた。アラム社は意見を受け、取締役会で株式報酬のあり方を再検討することにした。
 MSWGは、マレーシア政府が2000年に設立した個人投資家の協会。8人の研究員が主要なマレーシア上場企業220社を調査し、財務や経営について様々な注文をつけている。いわば、個人の利益を代弁するアクティビスト集団だ。
(第3章 市場型ガバナンスの実験室 133ページ)

第3章では、ASEANの中核国であるタイやシンガポールの事例も詳細に取り上げています。資本市場の諸改革は米英で始まり、日本が追随してアジア新興国に広まるのが通例と思われてきました。しかし、専門機関が発表しているアジア太平洋地域における「企業統治ランキング」(2018年)を見ると、1位がオーストラリア、2位が香港、3位がシンガポール。日本は7位で、その上位(4~6位)にマレーシア、台湾、タイが位置します。こうした現状も踏まえ、著者は「アジアの資本主義発展において『追う・追われる』のキャッチアップ・モデルは消えつつある」と指摘します。

伸び盛りのアジア経済の中では、中国の存在が突出しています。ここでは、世界に大きな波紋を投げかけている「中国による香港国家安全維持法の施行」を考える上で参考になる記述を引用してみます。「一国二制度」を巡り、中国側がしたたかに動いていることを匂わせる部分です。

 最近の北京や上海には、中国企業向けに投資家向け広報(IR)の助言をする会社が増えている。その多くは香港の法律事務所で証券法などを担当していた弁護士が独立し、中国本土に渡って起業したものだ。米国の格付け会社やコンサル会社も、中国向けIRサービスの部門を拡充している。
 そうした事業に携わる英国人の話を聞くことができた。彼いわく、中国企業のガバナンスは誰もがおかしいと思っているが、さりとて頭ごなしに否定するわけにはいかない。ならば、中国企業と欧米投資家の橋渡しをする事業が必要なのではないか。実際、政府系を含めた中国企業はIRの意識を強めている――。
 古くから中国企業を観察してきた投資家の目には、「これでもかなり良くなった」という意識もあるようだ。
(第2章 共産党キャピタリズム――マネーは中国を目指す 94ページ)

モザイクの持つ力

第5章の「モザイク・パワー――台頭するフロンティア市場」では、東南アジアで特徴的な「多様性」がテーマで、タイ、カンボジア、ベトナムなど各国の最新動向が記述されています。ジャーナリストとしてのフットワークを生かして現場で集めてきた情報は、いずれも鮮度の高いものです。

ここ数年で状況が大きく変わった例としてベトナムがあります。2000年代以降、「共産主義国家でありながら国民の勤勉さなどを武器に経済発展が著しい」と見られてきました。しかし。筆者の見方は少し異なります。首都ハノイや商都ホーチミンで話を聞くと、ほぼ一様に「ベトナムは著しく過大評価されており、極めて難しいマーケットだ」(政府開発援助の関係者)といった答えが返ってくるというのです。その理由としてベトナム経済を牛耳る財閥の存在や、官民共に公然と賄賂を求めるような荒っぽいビジネス文化などがあげられています。

一方、成長株として注目したいのはカンボジアです。若い起業家に優秀な人材が多いことが理由の一つ。この国はポルポト政権時代の虐殺が影を落とし、内戦の傷痕が今も残っています。中国との深い結びつきを警戒する欧米のビジネスパーソンも多いのですが、著者は「政治に引っ張られすぎて投資機会を見過ごすのは惜しい」という市場関係者に同情しています。

新型コロナの災いを越えて

21世紀が「アジアの世紀」になるかどうかはまだよく分からない、と著者は慎重に評価しています。新型コロナウイルスの感染拡大が引き起こした金融市場の混乱と経済成長の下方屈折が、中期の経済見通しを難しくしているからです。しかしながら、アジアの持つ底力の強さについては、強い確信を抱いているようです。

「資本主義の基本機能である市場原理がもとになり、そこに各国の文化や伝統的な思想が上乗せされ、個性的な経済社会が並び立つ。その状況こそが『アジア的』であり、健全な状態であると筆者は考える」。欧米型や日本型とはひと味違う新しい資本主義のカタチを育てているアジアの将来に、このような言葉でエールが送られています。

◆編集者からひとこと 日本経済新聞出版・堀口祐介

近現代史の本を編集するとよく目にするものが、「先進的だったアジアをヨーロッパが逆転し、アジアを植民地化した」という記述です。我々は、アジアは遅れていたから植民地化されたと考えがちですが、逆転されたという部分が見落とされているのです。現代のアジア経済圏を見るうえでも、今度はアジアが欧米を逆転する局面ではないかという問題意識が必要なのではないでしょうか。欧米のシステムを消化し、凌駕(りょうが)する部分も出てきているのではないか? 日本はアジア諸国を上から目線でとらえる過ちを犯しているのではないか? 本書は、21世紀の経済を牽引する新しい経済の形を探索する旅の記録でもあります。

 一日に数百冊が世に出るとされる新刊書籍の中で、本当に「読む価値がある本」は何か。「若手リーダーに贈る教科書」では、書籍づくりの第一線に立つ出版社の編集者が20~30代のリーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介します。

アジア資本主義 危機から浮上する新しい経済

著者 : 小平 龍四郎
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 1,980円 (税込み)

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