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がん患者の要望 訴え続ける責務、協議会委員に就任

天野慎介さん(2)グループ・ネクサス・ジャパン

自身の闘病経験を生かすために最初に始めたのは、経験をホームページで公開することだった。足跡を残すことが、後に続く患者の参考になると考えた。ホームページの掲示板を通じて、当時設立された悪性リンパ腫患者会に誘われた。100人近い患者や家族が参加していた。こんなにも同じ病と向き合う仲間がいるのか。皆の話をただ聴いているだけで、涙が止まらなくなった。会の運営メンバーに加わった。

あまの・しんすけ 1973年生まれ。慶大商卒。悪性リンパ腫の治療と再発を経て、患者会「グループ・ネクサス・ジャパン」を通じ、がん患者支援活動に取り組む。全国がん患者団体連合会理事長として患者の立場で国や自治体の審議会委員なども務める。

会で進めた活動の一つは、新薬の早期承認を求める要望だった。悪性リンパ腫の治療を大きく進歩させることになる抗体療法薬が1997年に米国で承認されていたが、国内で承認されたのは2001年。自分の病気のタイプに使えるようになるには、さらに年数を要した。投与を希望しながら亡くなっていった患者仲間も多かった。

東アジアで当時未承認だったのは日本とモンゴルと北朝鮮だけという治療薬もあった。「海外で標準的に使われる薬の早期承認」を求める声と「居住する地域に関わらず等しく標準的ながん治療を受けられるようにしてほしい」という多くのがん患者や家族が、国会を動かした。

06年にがん対策基本法が成立し、がん医療の均てん化の促進などが基本的施策として定められた。国のがん対策推進基本計画を策定する厚生労働省がん対策推進協議会の委員には「がん患者及びその家族または遺族を代表する者」を加えるとされた。私は09年に第2期の協議会委員と会長代理に就任した。

ある時、委員就任を伝える新聞記事を読んだという記者に声をかけられた。「恐縮です」と応じると「あなたが記事になったのは、あなたが優れているからじゃない」と怒鳴られた。「たくさんの患者が命をかけて声を上げ続けた結果として、がん対策基本法があり、その場にあなたがたまたまいるだけでしょう。『恐縮です』なんて言っているひまがあったら、あなたはもっと患者の声とがん対策を訴えるのが仕事でしょう」

基本法の成立までに、声を上げ続けた多くの患者が志半ばで亡くなっていた。その記者自身もがん患者であるとは、後で知った。彼女の言葉は、声を上げることができない患者たちの声を代弁していた。彼ら彼女らのたすきをつながなければならないと、心に誓った。

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