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サラブレッドも「歯」が命 馬の歯医者さんに聞く

2020/7/18 3:00
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「歯の違和感」はサラブレッドの大敵? 「馬の歯医者さん」に聞いてみたら……。

「無観客」という異例の事態の中で、中央競馬は上半期の開催を終え、夏競馬のシーズンに入りました。筆者は今年上半期に、2月のフェブラリーステークス、5月に初のクラシック競走実況となるオークスと、2度のG1実況を担当しました。振り返れば、無観客態勢入り前の2月に、「何万というファンの大歓声が響く中で行われたG1」を実況できたことは、幸運だったのかもしれません。

オークス当日、デアリングタクトが63年ぶりに無敗の牝馬二冠を達成したのに、偉業をたたえる歓声も拍手もない競馬場にはやはり寂しさを感じてしまいました。下半期のG1こそ、競馬場でファンの皆様が見届ける中で行われてほしいと願っています。

第81回オークスをデアリングタクトで優勝し、ガッツポーズする松山弘平騎手=共同

第81回オークスをデアリングタクトで優勝し、ガッツポーズする松山弘平騎手=共同

上半期のG1が終わり、本格的な夏競馬に入った7月上旬。アイスコーヒーを口に含むと、下の歯にしみたような感覚を覚えました。思い起こせば、しばらく歯医者に行っていない。「いい機会だし検診も」と考えて、近所の歯医者へ行くと、ショッキングな事実を突きつけられました。

全く自覚症状がなかったのに、左上に進行した虫歯が1本あり、あと少しで神経まで達してしまうという状況。この先も考えて、詰め物を新しくしてしっかり治療することにしましたが、想定外の事態と出費に頭を抱えてしまいました。そこでふと考えたのが「競走馬が虫歯になったらどうなるのか?」人間のアスリートも虫歯になれば競技に支障が出る、ならばコース上でコンマ1秒を争うサラブレッドも……。

こんな疑問はその道のプロに聞くのが一番。そこで、以前も取材させていただいた、「せりの馬診療所」を開設する「馬の歯医者さん」伊藤桃子さんに、電話でお話を伺ってみました。伊藤さんは名古屋大卒業後、オーストラリアに渡って「馬のマッサージ師」の免許を取得。さらにニュージーランドで馬の歯科医師免許を取得し、日本で獣医師の免許も取得。残念ながら現在は新型コロナウイルスの影響で現地に行けず、オンライン講義に転換しているそうですが、それまでは馬体のメンテナンスを学ぶため、2か月に1回ほどのペースでドイツへ渡るなど、精力的な活動を続けている方です。

馬の口は人間のこぶし1つ分しか開かない

伊藤さんに聞いてみると「馬の虫歯は様々なタイプのものが存在する」といいます。原因も糖分の多い餌の摂取により口の中が酸性になったり、表面のセメント質が溶けたすき間に、草などが詰まって細菌が繁殖したり、と様々とのこと。症状も血液中の細菌が歯の根についてしまい、顔が腫れるケースや、中には歯を作る過程がうまくいかず、ある日突然、空洞が現れることも。馬の歯の成り立ちが人間より複雑なこともあり、人間の虫歯と同様に考えるのは難しいようです。

動物にとっても歯は大切。 飼育員に歯を磨いてもらうハナゴンドウ=共同

動物にとっても歯は大切。 飼育員に歯を磨いてもらうハナゴンドウ=共同

では、実際に虫歯になった馬はどんな治療を受けるのでしょう? 削る、詰め物をする、までは人間と同じですが、「苦労するのは、馬の口が人間のこぶし1つ分くらいしか開かないことなんですね。馬の口は奥も深いですから、歯を診るには馬の歯専用の内視鏡を使います」とのこと。この内視鏡も、歯を見られるように先端に90度の角度がついていて、歯に対して使う道具も同様に角度がつけてあるそうです。

聞いただけでも大変さが伝わるような馬の歯の治療。だからこそ虫歯にならないことが大事、と感じます。「普段のケアには唾液の役割が大きいですね。馬の唾液は自浄作用があって、これで清潔に保てる」のだそう。虫歯を抱えたままだと「餌を食べなくなりますし、片側の歯しか使わなくなるので、レースで走る時に不利になります。片側の顎関節しか動かさなくなるのは、どちらかの口向きが硬くなる(ハミによる操縦が難しくなる)、もたれる(左右に寄っていく)、といったことの理由の一つになりますから」。やはり歯の不調は「しっかり食べられなくなる」ことにつながる以上、人間であれ競走馬であれ、アスリートには致命的な影響が出るようです。

肝臓の不調から歯の調子が悪くなることも

「歯科医」として馬の歯のケアに尽力されている伊藤さんが、併せて取り組んでいるのが「馬の整体」。歯科医であり整体師でもあるという立場なのです。馬が正しく体を使えるよう、骨、筋肉、さらには内臓の位置まで、整えてあげることも重要な仕事になっています。話を伺うと「歯に出る不調は歯だけの問題ではない」といいます。

「競走馬は走ると、肝臓に疲労がきます。肝臓は馬の体の少しだけ右寄りにあり、ここが疲れてくると右側の筋肉や筋膜も縮んできます。こうなると、右の背中が下がってきて緊張が高まって、筋膜を通じてほかの内臓にも影響が出てきます」。このずれが肩や脚元、顎関節へも及ぶと大変で、まっすぐ走れなくなってしまうことも。「歯の摩耗も左右均等にならなくなります。結果、それが虫歯や歯槽のう漏にも結び付いてくる」という訳です。「先に体の使い方が悪くなることで、歯の調子が悪くなる」――。歯にまつわることで話を伺えたら、と考えていた筆者にとっては、目からうろこが落ちるような話でした。

伊藤さんが歯の治療に携わり、活躍したインカンテーション。写真は2017年マーチステークス優勝時=JRA提供

伊藤さんが歯の治療に携わり、活躍したインカンテーション。写真は2017年マーチステークス優勝時=JRA提供

馬がレースで能力をフルに発揮できるよう、普段調教に携わる厩舎のスタッフの方々と二人三脚で体を整えていく――。これもライフワークで「かかわった馬が結果を出してくれるのはうれしいですし、厩舎の方々が喜んでくれるのもうれしい」と伊藤さんは語ります。以前には、重賞6勝を挙げてダート路線で長く活躍したインカンテーションのケアにも携わったそうです。

今は種牡馬に転じたインカンテーションといえば、筆者にも思い入れがあります。2014年のみやこステークス、15年の平安ステークスの優勝時に実況し、久々の勝利となった17年のマーチステークスも実況。当時はG1制覇も目の前に、というところで骨折に見舞われ、長い休養を経ていただけに、実は縁のある人がかかわった馬の復活劇を実況していた、というのはうれしい話でした。

最後に「今後やってみたいことや夢は何ですか?」と聞いてみると「馬のパフォーマンスを向上させるためにできることはたくさんある、と浸透させたいですね。スポーツ選手としての馬の地位を上げたいです」と明るく語ってくれました。伊藤さんのような方が増えたら、日本の競馬はもっとレベルが上がり、魅力的なものになるのかもしれません。筆者にとっても「虫歯になるのは普段の生活に原因があるのかもしれない」と気付かせてもらう、良い契機になりました。今年の夏競馬が終われば筆者も37歳。体のメンテナンスに気を配らなくては……。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 大関隼)

各アナウンサーが出演、ラジオNIKKEIの競馬番組はこちらでチェック! http://www.radionikkei.jp/keibaradio2/

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