今日も走ろう(鏑木毅)

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RUN=精神の自由 窮屈ないま、心にプラス効果

2020/7/16 3:00
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ランニングはあらゆるスポーツのなかで最も手軽に楽しめるだけでなく、心の自由を手に入れやすいものといえる。

走ることは思考を統括する前頭前野の血流が良くなるため、精神を整えたり、アイデアやビジョンを構築したりと、前向きな気持ちになるとされている。実際、ある大手スポーツ用品メーカーの調査によれば、コロナ禍において心を保つのにランニングが大切な役割を果たしていると回答者の8割が考えており、この重苦しい事態に極めて大きな役割を果たしていることがわかった。

自粛期間も自宅近くを走って落ち着きを取り戻した

自粛期間も自宅近くを走って落ち着きを取り戻した

ヨーロッパに住むプロランナーの友人も、規制のある環境でも週に数回許される外出のわずかな時間でジョギングすることが、この惨禍を乗り越える力になったという。これはもう世界共通の感覚なのかもしれない。

私もまさしく生活の先行きが不安で、十分に眠れない日々だけれど、走ることだけが自分らしさを取り戻す貴重な時間となっている。緊急事態宣言下であれば、日没直前の人通りがなるべく少ない道を選び、頭の中で「きっと全てがいい流れに向かう」と唱えながら走ってきた。

考えてみれば今回に限らず、これまでの人生、走ることで心身の調和を保ってきた。サラリーマン時代には帰宅時の10キロメートルのランニングで、その日の仕事でどんな理不尽なことにいらだっていても、走り終えると「明日も頑張ろう」と思えるようになっていた。ともに山を駆けた親しい友人が亡くなった時には、ライトを片手に夜の山へと駆け出し、彼との思い出に浸りながら限界まで走り続けた。そうやって友人の死をかろうじて受け入れた。

走っている時には人生のつらさは全て忘れる。長年の習慣がそう仕向けているのかもしれない。走ることは私にとって、苦しい現実からの逃避ともいえ、誰からも侵されることのない自分だけの自由を手に入れる場ともいえようか。今回のように日常生活が制限され自由に走る機会を奪われると、すぐに心の調和を保てなくなる。考えてみると、自分は決して強い人間なのではなく、常にとっておきの「逃げ場」を用意しているのにすぎないのかもしれない。

10代からこの歳に至るまで私個人の人格は走ることで形成された。良い面ばかりでもない。走ることで自由な物の考え方を知ってしまったが故に、人間関係において調和を保つのに苦労したように思う。学生スポーツは集団行動が基本。サラリーマン時代も表面的には無難にやりすごしてきたとは思うものの、波風立てぬようにと神経をすり減らす人付き合いを常に煩わしく感じてきた。

長年そのことがコンプレックスだった。ただ、心の平静を保ちながらこの歳まで社会の荒波を乗り越えてきたことを思うと、走ることに出合えて本当によかったと思う。今日はどこへ行くか、どんなペースで走るか、などとランニングは単純なようで実に選択の幅は広い。知らず知らずのうちに自由な世界観を心に形作る行為ともいえる。窮屈なこの時世だからこそ、走ることがもたらす精神の自由は大きなメリットとなるだろう。

(プロトレイルランナー)

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