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トップは泣いてたらダメ ウソでも前向きが社長の仕事

ほぼ日 糸井重里社長(下)

ほぼ日社長 糸井重里氏

糸井重里さんが社長を務める「ほぼ日」はいい意味で「力の抜けた会社」だ。糸井さんは「青筋立てて働くような会社では、いいアイデアは浮かばない」と話す。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、社員の働き方も見直している。これからは社員が「健康で楽しく働ける職場にするのがリーダーの役目」と思っている。

<<(上)社長はサル山のボス 社員の家族の人生にも責任を持つ

――新型コロナの影響はありましたか。

「会社にマイナスなことだらけで、業績予想も下方修正しました。でも、立ち止まって振り返ってみると、ものすごい力がついていたり、あるいは思いもよらなかった新しい市場が見えたりして、社内では誰も落ち込んでいないんですよ」

「新たな事業を始めようと考えていましたが、新型コロナの影響で少し延びました。でも2011年の東日本大震災での経験から、給料を支払えることが一番大事で、組織として健康体であるかどうかが、生き延びる唯一のよりどころだと思いました。そういうことを社員に話すのがリーダーの役目で、権利ですね」

「東日本大震災の被災地支援のときも、『嫌だな』という社員はいたはずです。でも、現地の人が喜ぶ姿を目の当たりにして、嫌という気持ちが薄れたんじゃないかな。ほぼ日は『やってよかったな』と思う機会がたくさんある会社だと思います。東北の魚屋さんがカツオをドーンと送ってきたりするわけですよ。それをさばいて『今日の給食にはカツオのお刺し身が付きます』と言うと、魚屋さんが社員みんなの知り合いみたいになる。お金とか実績とかだけでジャッジできない経験です。だから採用活動をすると、すごくいい人がいっぱい来てくれるんですよ」

社員に話すこと、1週間かけて考える

――組織にとって望ましいリーダー像とは。

「会社って創業者の影響をものすごく受けますよね。だから一番大事なのは、創業社長が汚いことをしないこと。それから、創業社長は『もうやりたくない』ってなったら辞めること。やる気がないトップの下には、社員は絶対いたくない。僕の場合、一日中寝ているようでも『あの人は寝ていても次の何かをやる』と信じてもらえるだけのことをやらないと、社員に認めてもらえませんから必死に働いています。もう一つは悪いことをしないことです。やる気を見せるのと、悪いことをしないこと。この2つはかなり難しそうで簡単なことだし、簡単そうで難しいことですね」

「僕は貧乏性なので、本当にサボれない。それと、長くフリーで働いていたので、信用がいかに大事か身に染みている。信用のかたまりの中で生きているから、『手を抜いていない』という証拠を分かりやすく見せなければいけない。その1つの方法が毎週1回、全員の前でしゃべることです。面倒くさいですけど、皆の前でウソをつかずに、役に立つことをしゃべろうと思って1週間を過ごすので、自分を律するためにもいいですね」

――社員に何を話すのですか。

「話す内容は色々です。新型コロナで一旦、全員在宅勤務にした後の話はこうでした。『在宅のいいところ、悪いところがある程度分かりました。子どもを託児所に預け一旦家に戻って、そこで洗濯しようがテレビを見ようが寝ていようが、ウチの会社は勤務としてカウントします。そしてすいた電車で会社に来る。これってトータルな健康としてすごくいいと思います」

社長を務める「ほぼ日」は2017年ジャスダックに上場した

「もし1日8時間働いていますかとチェックするような会社になってしまったら、リモートワークする意味がない。隙があることも含めてワークだ、と僕は思っているから、君たちは仕事しているフリをしなくていいよ。そんなことをするくらいだったら、しっかり体を休めて、血色よくなってください。もともと会社にいたって、2時間くらいしか仕事していないんだから』と。最後は冗談ですよ」

「1時間の会議でも、頭を使って必死で考えている時間なんてせいぜい10分ですよ。それを1時間ってカウントするのは間違っています。事実、稼ぐってそこじゃないんですよね。眉間にしわを寄せて働いているところからいいアイデアは生まれない。新型コロナを機会にちょっとずつ、働き方改革を試しています。年内にも東京・神田にオフィスを引っ越す予定ですが、そこでも社員が6割5分くらい出社する感じになると、仕事がしやすいかなと考えています。新型コロナでむしろ、挑戦するチャンスをいただいたと受け止めています」

――失敗だけど糧になった経験はありますか。

「失敗というか、サドンデスに持ち込んじゃう。ウチの仕事はBtoB(企業向け取引)ではないので、『お前のところとの付き合いはこれでおしまいだ』と言われる怖さがほとんどない。売れなかった商品は失敗ですけど、一度こういうことがありました。チェックの長袖Tシャツをつくって、あまり売れなかった。そこで紺色に染めて、上からプリントして『ミスタケ』という小さいブランドにしたんです。ローマ字で書くとミステーク。失敗したんでやり直しました、と言って売ったら在庫がなくなりましたね。会社が小さいので、失敗を機会に面白いことを考える、宿題にするというのができるんです」

フリをしているうちに、社長は育つ

「それと、心が不安になると、健康に考えられなくなっちゃう。僕自身、石橋をたたいて渡るタイプなので、不安があると身を縮めてしまうんですよ。ウチに遊びに来た人はたいてい2種類のことを言います。まず『思ったより静かですね』と。もっと、ピクニックをやっているような会社だと思っているみたい。もう一つが『誰かが笑っていますね』で、確かにその通り。そんなところで組織としてバランスを取っているんで、いい気になることも、心配性になって縮み上がることもなかったんだと思います」

「自分でも落ち込まないようにしています。創業社長は泣いていたらダメ。ディズニーランドにウォルト・ディズニーさんが落ち込んでいる銅像があったらダメですよね。ウソでも『ミッキー、さあ行こう。泣いてなんかいないやい』というのがトップの仕事です。ただ、根拠なくやるわけにはいかないから、勉強するんじゃないですかね。フリをしているうちに、社長って育つんだと思います」

――「健康に考える」の健康とは、どういう意味ですか。

「健康というのは、植物標本の絵を描くのに似ていると思っています。花の特殊な部分だけを見て描くのではなくて、その花の特徴を捉えて描きますよね。何となく特徴や典型が分かっている。健康も、心臓は何をするものなの? 人間ってこうやると疲れちゃうの? というのは、案外みんな無意識で分かっている」

「もし人を裏切ったとして、裏切ってよかったと思うのは相当不健康ですよね。でも、文学にはそれがある。人ってそういうことをやっちゃうんだ、と知った上で、やらないようにしようと思うのが心の健康だと思います。嫉妬もある、ひがむ、ワナをかけてやろうという気持ちもある、全部あるけど、そういうことをしないで生きられる方が自分も楽だし、人にも喜ばれる。それなら健康でありたいね、という感覚ですかね」

 毎日やる仕事があるので、「まるまるお休みという気分にはならないです」という。でも「家では仕事も大してできないので、本を読んだり、映画を見たり、犬の散歩をしたり」が多い。一番好きな趣味は釣りだが、「あんなに忙しい趣味はないので、今はしていないですね」。家事は「かみさんが手伝いが必要な料理をするときには手伝うか、みたいな。これって、あまり役立たずの旦那の役をしているだけですね」

「広告のクリエーティブ(制作物)で『それ、何時代の人が喜ぶ?』って言い方があるんです。例えばコーラを平安時代の人が飲んだらどうでしょう。僕らも初めてコーラを飲んだときはウワッと思った。おそらく平安時代の人もウワッと思うだろうなと。不変ということです。時代とか、状況を超えた、不変的な人というのを考えているわけです。それを体や心に応用したのが健康という概念じゃないかな」

――尊敬するリーダーはいますか。

「いっぱいいますよ。その人に欠点があっても、僕はチャームポイントだと思うんです。リーダーじゃなくても、子どもが遊んでいるときの姿とかでも、僕は心から尊敬します。そこが僕のいいところですね。だから、リーダーのこういうところに感心させられた、というのは、いっぱい心のメモ帳にあります」

「あえて1人挙げるとしたら、プロ野球巨人の監督だった故藤田元司さんかな。僕はジャイアンツの追っかけでした。遠征までついて行って、同じ旅館に泊まって見ていましたから。あの人も退学寸前になった『不良』だったけど、思いやりがあって、クールに勝つためのことができて、なおかつ勝ち負け以上に大事なことが野球にはあるんだよ、っていう人です」

チーム全員が「いいプレーにはすかさず拍手」

「巨人のスター選手の吉村禎章さんと他の選手が衝突して、双方がケガした後です。吉村さんが復活した試合について、僕が藤田さんに『よかったですね』と言ったら、『でもね、まだ終わりじゃないんだよ』って。『(もう一方の選手が)まだ悪者になったままなんだよ。彼がもう一回試合に出て、ヒット1本でも打てたらこの話は終わるんだけど』と。そういうことを言える人になりたいじゃないですか、格好いいよね」

「普段の藤田監督は選手や球団職員と一緒にご飯を食べたりして、全く平らなんです。給料や活躍の多寡、あるいは年次で偉い偉くないがあるんじゃない。皆がお互いに尊敬できるところを分かっている。そういうチームに僕には見えたんです。僕らの仕事でも、他人のいいプレーにすかさず拍手を送るような、そういう健康な会社にしたいですね」

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糸井重里
1948年群馬県生まれ。法政大学文学部中退、コピーライターとして「おいしい生活。」など有名なコピーを多数生み出したほか、作詞や文筆など多彩に活躍。98年サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げ、「ほぼ日手帳」などヒット商品を生む。2002年に個人事務所を株式会社化し、16年に「ほぼ日」に社名変更、17年ジャスダック上場。

(笠原昌人)

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