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サカタのタネ、4カ月売り上げゼロでも耐えられる

交配と選抜を繰り返して、新品種を開発する。この工程は「育種」と言われ、約10年かかる
日経ビジネス電子版

ブロッコリーの種は約75%、スイートコーンの種は約60%――。国内販売で圧倒的なシェアを持つ会社がある。種苗大手のサカタのタネだ。40品目400品種の野菜の種、100品目1700品種の花の種を展開し、毎年80品種ほど新しい種を発売する。

隠れたグローバル企業でもあり、全社の売り上げに占める海外売上高は2019年5月期で約6割を占める。世界170カ国以上で販売しており、ブロッコリーは世界でも65%のシェアを誇る。「普段何気なく食べている野菜や、何気なく目にする花も、実は当社の種が使われていることが多い」(同社広報)という、縁の下の力持ち企業だ。

サカタのタネはもう1つ、ある際立った特徴で言及されることがある。その強固な財務基盤である。例えば、会社の安全性を表す指標である自己資本比率は80%を超える。同社が持つ資産の8割以上を自己資本で賄っていて、借入金が極めて少ないということだ。財務省の「法人企業統計調査」によると、20年1~3月期の、金融業・保険業を除いた法人企業の自己資本比率は43.6%だから、サカタのタネは平均を大きく上回る。

さらに、短期的な支払い能力を示す手元流動性比率も約4カ月分と高い。仮に売り上げがゼロになったとしても約4カ月は持ちこたえられるということだ。

安全性を高めることを方針としている会社だとしても、サカタのタネの安全性はやや過剰にも見える。その背景を探ると、種苗業界ならではの事業環境と、サカタのタネによる独特の経営方針があった。

リスク分散のため20カ国で採種

種苗会社にとって、成長の源泉は商品開発力である。農家が持つ耕作地の面積は限られているから、「ここで栽培したい」と思われるような新しい品種を絶え間なく提供できるかが他社との差別化につながるからだ。同じトマトでも、「甘くて病気に強い」「多収穫」など、新たな利点を持たせるべく品種改良は地道に繰り返されている。

だが、種の開発には、10~15年かかることもあるほど、長い年月を要する。例えば、「病気に強くて、大きな花が咲く」品種を開発する場合は、このような過程を経る。

まず、素材となる種の「遺伝資源」を交配によって掛け合わせ、できた花の中から、より開発目的にあったものを選び出す。そして再び交配する。こうした交配と選抜を繰り返し、「病気に強い親」と、「大きな花が咲く親」を作り上げる。この親同士を掛け合わせると、「病気に強くて、大きな花が咲く」品種ができるというわけだ。この工程を「育種」といい、多くの場合、10年程度かかる。

開発された新品種は、協力農家などで販売できる量になるまで増やす。長いときは、この採種工程に数年かかるという。

こうした一連の作業は屋外ですることも多い。当然、気温や天候、自然災害などの影響を受け、思うように育たないこともある。こうしたリスクの回避ノウハウを蓄積しているとはいえ、結果は咲くまで分からない。長い年月と開発費をかけても成功するとは限らず、種の開発はまさに「無駄の繰り返し」(坂田宏社長)となる。財務基盤を万全にしておくのは、「気長な」開発を支えるための必要条件でもある。

自然リスクと隣り合わせの開発を少しでも有利に進めるために、財務以外でも随所に「ゆとり」を持たせている。

例えば採種する場所。「1カ所でもいいが、リスクを分散するため、約20カ国で種を採っている」(坂田社長)。同じ品種でも南半球と北半球で並行して採種するといった工夫もしている。

さらに、新品種を作るための元となる素材も手厚く確保している。「病気に強い」「甘い」「大量に収穫できる」といった特徴の素材をどれだけ持ち、掛け合わせの幅を持たせられるかが開発力を左右するからだ。

ただし、際限なく余裕を持たせているわけではない。坂田社長は、「育種で選抜するときは、飛び抜けて良いものだけを残し、97~98%は捨てる」と話す。ゆとりと厳しい選抜の組み合わせの妙がサカタのタネの強さといえるだろう。

創業期の苦い経験が「ゆとり」の原点

実は、これらの方針は、創業期の苦い経験が色濃く反映されている。

坂田社長は種苗業界の原則として、「人間のペースで開発するのではない。自然のペースで開発するのだ」と話す。自然を強調するのは、創業間もないころ、自然の力を軽視して痛い目に遭ったことがあるからだ。

サカタのタネは、坂田社長の祖父が1913年に創業した。23年の関東大震災を経て日本経済が痛手を負い、経営が苦しい時期に英国の種苗会社から「キャベツの種を供給してほしい」と採種の依頼を受けた。前金として5万円を受け取り、国内の協力農家に種を育ててもらうことにした。今の価値にすると数千万円にもなる金額である。

運転資金すら十分に確保できない時代のことだ。同社はこの仕事をこなすために、受け取った5万円を必要な活動に使っていこうとした。受注量をきちんと収穫できる見込みがあったからだ。社内で議論した結果、まだ何とか資金をやりくりできるため、この5万円には手を付けず、倹約しながらプロジェクトをこなすことにした。

あらがえない環境変動にどう対応するか

蓋を開けてみると、うまく栽培できず収穫は失敗。契約しただけの種を納めることができず、英国の種苗会社からは前金の返還を求められた。創業者は、前金をそのまま返すことで事なきを得たが、それがなければ会社がなくなっていたかもしれない。自然を相手にする事業の難しさを痛感し、どんなことがあっても会社がつぶれないよう常に手当をしておくようになった。

新型コロナウイルスの感染拡大と同様、どの時代にも人間の力では避けることができない経営環境の激変はある。会社が直面するリスクをどこまで見積もり、どのように備えておくか。一見過剰にも見えるサカタのタネの安全策は、その一つの考え方を示している。

(日経ビジネス 白井咲貴)

[日経ビジネス電子版 2020年7月9日の記事を再構成]

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