インド、及び腰の対中報復(The Economist)

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2020/7/7 0:00
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「我々は、行動を起こしたいと思えば警告なく思いのままに行動を起こすことを、中国は思い知るだろう」。インドの愛国主義的な民間ニュースチャンネル、リパブリック・テレビの番組で、キャスターのアルナブ・ゴスワミ氏はカメラに向かって指を突きつけながら声を張り上げた。「我々は誰も気づかないうちに動き、必要となれば攻撃する」

インドのモディ首相は中印両軍の衝突で死者を出した国境係争地域のラダック地方を電撃訪問し、兵士らを前にスピーチした=インド政府報道局提供・AP

インドのモディ首相は中印両軍の衝突で死者を出した国境係争地域のラダック地方を電撃訪問し、兵士らを前にスピーチした=インド政府報道局提供・AP

その勝ち誇った態度を見ると、インド軍が紫禁城(故宮)の門前にまで迫っているのかと思うかもしれない。だがゴスワミ氏が声高に主張した攻撃の中身は実際のところ、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」など中国企業が提供するものが主体である59のアプリ使用を禁止する省令という弱々しいものにすぎなかった。

インド政府の公式の説明では、「国家安全保障に敵対的な陣営」によるデータ不正取得の恐れから市民を守るための防衛措置とされているが、本当の意図が報復にあることを疑うインド国民はほとんどいない。

インド政府は、動画投稿アプリ「ティックトック」など中国企業が提供するものが主体の59のアプリを使用禁止にした=ロイター

インド政府は、動画投稿アプリ「ティックトック」など中国企業が提供するものが主体の59のアプリを使用禁止にした=ロイター

6月15日、インド北部ラダック地方にある中国との係争地域で中印両軍が衝突し、インド軍の約20人が死亡した。この事件以来、インドのモディ首相は中国に何らかの反撃をすべきであるとの政治的圧力に直面していた。

ティックトックはインド国内で6億回以上ダウンロードされており、使用禁止にされた他の中国製アプリも絶大な支持を得ていることから、政府の動きに気づかなかった国民はほとんどいない。モディ氏は、全国民が目に見えるように、殺害されたインド兵の恨みを晴らすための「何らかの措置」を取った。それと同時に、驚くほどの人気を誇る国民的な娯楽を一夜にして奪い去った。

中印冷戦の始まりとみる専門家

インド政府の弱腰な対応は、同国の対中関係における難しい立場を物語る。デリーのシブ・ナダール大学で中国などを中心とした国際関係論を専門とするジャビン・ジェイコブ准教授は、現在の印中関係をアジアの2大国間の冷戦の始まりとみる。中国はこの春以降、ヒマラヤ山中の国境係争地帯に大規模に兵士を増派してきた。

標高が高く草木も生えないこの地帯では、両国の「実効支配線」の画定はおろか、合意に達したことすらなく、両国の警備兵が時折それぞれ自国領土と主張する範囲を見回りする程度だった。

中国はこの状況を突如一変させ、インドが主張する国境のすぐ内側の戦略的な位置に、常設にも耐えられそうな頑強な拠点を7カ所も築いた。先月の衝突は、インド軍がこのような拠点の一つの解体を試みたことから発生し、人数は不明だが中国側にも死傷者が出ている。

軍事的にはインドは既成事実化を許してしまった。中国は新しい拠点を築いたことで戦略的に優位になり、インド軍による反撃は難しくなった。一部の中国兵は嘲るように、新たに奪取した土地に巨大な中国の地図を描いた。インドとしては、中国の戦術にならって新たな前進拠点を築くこともできなくはないだろうが、このような報復措置は何年にも及んで泥沼化して費用がかさみかねない。より大規模な予算と優れたインフラを擁する中国の方が有利な立場にある。

このためインドは他の方法で中国に反撃を加えようと試みた。人気アプリの使用禁止措置は、インドの5倍近い規模がある中国経済には微々たる影響しか与えない。確かにインドはティックトックにとって群を抜いて最大の海外市場ではあるが、インドでの収益は相対的に取るに足らないものだ。

対中関税の引き上げを検討

ジェイコブ氏はアプリ使用禁止措置について、拡大を続ける中国の影響力に歯止めをかけるために戦略的に練られた方策の一環として理解する方がよいと指摘する。インドは、500億ドル(約5兆3000億円)規模にのぼる対中貿易赤字解消のめどが立たず、これまで自国の影響下にあると考えてきた小規模な近隣諸国が中国外交によって侵食されつつあるなど、中国にいら立ちを感じている。

インドは、国境地帯で緊張が高まる以前から中国資本に対する障壁の強化を静かに進めていた。4月に導入した新しい規則では、中国企業からの直接投資は全てインド政府による精査を義務化した。5月には、株式市場と債券市場での中国と関連する取引について、規制当局が監視を強化する検討を始めた。

先月の国境での衝突以降、インド税関では中国からの貨物をこれまでより入念に検査するようになった。今月1日、物流大手、米フェデックスと独DHLの2社は、インドでの通関手続きの遅延を理由に中国からインドへの貨物の取り扱いを停止すると発表した。一部の遅延は常態化するかもしれない。インド政府は1000品目以上の中国産品について、関税引き上げを視野に国内企業と協議を進めている。

こうした経済ナショナリズムは、一部では歓迎をされている。雑誌の編集長を務めるプラフラ・ケトカー氏は、「拡張主義の怪物」に対抗する「聖戦」の始まりだとの見方を示す。この雑誌は、インド最大のヒンズー至上主義団体で(与党インド人民党の支持母体である)民族義勇団(RSS)のプロパガンダ媒体とみなされている。

製造業では高い中国依存度

ところがインドの中国からの輸入品の多くは国内工場での生産活動に欠かせない原材料だ。成長著しいインドの製薬業界で使われる有効成分の3分の2以上、国内で製造される空調設備に必要なコンプレッサーのほぼ全て、再生可能エネルギーでの大躍進をもたらした安価なソーラーパネルのほとんどが中国からの輸入だ。

中国のベンチャーキャピタルがこれまでインドのスタートアップ企業に出資した額は80億ドルにのぼる。こうした資金の流れは今後絶たれてしまうだろう。さらに深刻なのは、いつでも経済的な強硬措置を振りかざす用意があるという姿勢を示したことで、モディ氏は中国だけでなく、安定的で信頼性の高いビジネスの場を探し求める他の投資家にも同じメッセージを送っていることになる。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. July 4, 2020 All rights reserved.

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