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2桁勝利投手、バウアーがうなったイチローの技術
スポーツライター 丹羽政善

2020/7/6 3:00
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「人のいないところに打て」。かつて、8年連続(1894~1901年)で年間200安打を放ったウィリー・キーラー(オリオールズなど)は、ヒットを打つコツを聞かれ、そう話したとされる。イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐)が9年連続でそれを達成した2009年9月13日、同じ質問をしてみた。するとイチローは、「そうだなぁ」と少し考えて、こう言った。

「手を出すのは、最後だよ」

どういう意味か。「これは、僕のバッティングを象徴しているもの。やはり、手が早い人はだめですよ、何をやるにも。手を出さないためにどうするかをむしろ考えているのが僕。でもどうやって、早く手を出そうかって考えているのが、わりと普通というか。真逆なんですよね、考え方が。だから、手を出さないからヒットが出る、ということじゃないでしょうか」

イチローによると「手が早い人はだめ。手を出さないからヒットが出る」=共同

イチローによると「手が早い人はだめ。手を出さないからヒットが出る」=共同

以前も書いた話であり、拙著「イチローフィールド」でも詳しく触れたので手短にまとめたが、先日、イチローとの対戦を映像で振り返っていたトレバー・バウアー(レッズ)も、「最後の最後まで、手が出てこない」と指摘。さすがの観察眼だった。

昨季まで5年連続で2桁勝利のバウアーは、8年前から動画共有サイト「ユーチューブ」に様々な動画を定期的に投稿し、撮影、編集を自ら行うほどのこだわりを持つ。テーマごとにタイトルをつけ、対戦相手との駆け引きを振り返る「ブレーキングポイント」というシリーズでは、その打者に対し、なぜ初球はそこに投げたのか、追い込んでからなぜこの球種を選択したのか、それぞれの意図を説明。6月17日にアップした同シリーズの動画では、16年9月3日に対戦したイチローとの4打席を1球ごとに解説している。

結果は、3打数2安打、1四球。この日、先発で8回1/3を投げて、わずか4本のヒットしか許さなかったバウアーだが、そのうちの半分をイチローに許した。イチローは1打席目にショートの頭を越すレフト前ヒットを放ったが、この時点でバウアーはイチローの非凡さに気づく。

背骨の角度変わらず、頭が動かない

まずは構えてからインパクトまでの背骨の角度について、「全く変わらない」と動画内で分析し、「下半身の態勢を崩されても、上半身は崩れていない。それは背骨の角度が変わらないからだろう」と続ける。さらに、頭の位置についても「全く動かない」と指摘する。「頭が動かないということは目も動かない。視線がぶれないから、バットの軌道もぶれない」。そして最後は手の動きに注目した。「手が出てこない。出てこないから、最後まで軌道の変化に対応できる」

1打席目のヒットには、そのすべての要素が詰まっていた。カウント1-2と追い込んでバウアーが投げたのはカーブ。本当はワンバウンドをさせたかったようだが、浮いた。

このとき、イチローはタイミングを外されている。上げた右足はすでに地面に付いていたが、ボールが来ない。結果、体の重心は一塁側に倒れかけていたものの、上半身の形そのものは変わらない。背骨の角度まで崩れたわけではなかった。頭の位置も変わらず、最後までボールの軌道を見極めると、最後に出てきた手で巧みにバットをコントロール。バウアーは、「体の横幅から手が出ることがない」とも話し、「下半身が泳いでも、上半身は泳いでいない。他の打者がここまで崩されたら、むしろ手が先に出て、バットは波を打っているはず」と、舌を巻いた。

イチローについて「ボールを捉える技術に関しては史上最高かも」というバウアー=AP

イチローについて「ボールを捉える技術に関しては史上最高かも」というバウアー=AP

ちなみにバウアーは、「球種の選択そのものは間違っていなかった」と言う。「あれが内角低めにワンバウンドしていたら、多分、ボール球でも追いかけていただろう」。それがスカウティングリポートの内容でもあったそうだが、この日、彼が内角高めを攻めの軸としたのも、同様の理由だった。

狙いは、「背骨の角度を変えること」。内角を攻めれば、イチローの上体が起き上がる。そうなると当然、背骨の角度が変わる。体に当たるのでは、というところからやや右に曲がるフロントドアのツーシームを投げれば、イチローは避けようとするので背中が立つ。そうすれば本来のスイングができなくなる――。

ただ、その攻めも4打席目に攻略される。バウアーは追い込んでから内角高めいっぱいに投げた。まさに狙い通りのコース。ところがイチローもそれを予期していたのか、体の重心は一塁側に傾きかけていたものの、背骨の角度はそのまま。頭も動かず、ボールの軌道を見極め、最後に出てきた手で詰まりながらも打球をセンターへ運んだ。

「さすがだ。ボールを捉える技術に関しては、やはり史上最高かもしれない」。バウアーは感服した。

スーパースターとの対戦は楽しい

その後、この映像についてバウアーとやりとり。「キャリア終盤だったとはいえ、全盛期のようなバッティング」と彼は振り返り、「唯一アウトになった一塁ライナーも、カルロス・サンタナがダイビングで止めてくれたおかげ。際どい球を見極められて四球になった打席も含め、4打席ともイチローらしかった」と話し、続けた。

「イチローとの打席を映像で確認したのは初めてだったけれど、ああやって見返すとイチローのすごさが分かる。ごく短期間であれば、偶然もあるかもしれない。でも、理由がなければ、長く結果を残すことはできない」

4打席目のヒットからも、そのことが分かるという。「人によっては詰まった打球が、誰もいないところへ飛んでラッキーだったと映るかもしれない。でも違う、技術であそこへ飛ばしている。そんな選手と対戦できて、それを目の当たりにしたことは、ある意味、野球選手として幸せな経験だった」

バウアー自身、対戦を通して学んだこともあったそうだ。「だから、スーパースターとの対戦は楽しい」

さて、この映像に関しては現在、英語のみだが、7日には日本語の字幕が入ったものが公開される予定。バウアーのユーチューブ・チャンネルで見られる。

イチローフィールド 野球を超えた人生哲学

出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,650円 (税込み)

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