コロナ禍が問う社会的距離、「2.5人称」の視点を

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コラム(社会・くらし)
2020/7/5 2:00
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横浜市のJR東神奈川駅改札口に伝言板が設置されたのは4月30日だった。

駅利用者の思いが書き綴られた駅の伝言板は駅員52人全員の手作り(横浜市のJR東神奈川駅)

「ひとりぼっちじゃないよ」「皆様お仕事、有り難う御座います」。他者を感じ、思いやる言葉が毎日書かれた(横浜市のJR東神奈川駅)

御巣鷹の尾根の修復作業を見つめるノンフィクション作家、柳田邦男さん(群馬県上野村)

昨年秋の台風で御巣鷹の尾根の水源に堆積した土砂や石を取り除く作業(6月6日、群馬県上野村)

急斜面にある御巣鷹の尾根の水源。堆積土砂、石を取り除く手作業は過酷(6月6日、群馬県上野村)

緊急事態宣言が4月7日に出、対象は16日に全国に広がる。駅構内の観光ポスターなどは移動の自粛要請に沿って相次ぎ撤去。閉塞感が深まるなか、「少しでも明るい雰囲気を」と若手駅員が考え始めた。

地方出身の若い駅員は実家に帰れない。「会いたい人に会えないさみしさはお客さんにもある。思いを共有したい」。野田あすかさん(23)、成田昌睦さん(22)など若手駅員が駅長の丸智也さん(45)らベテラン社員に掛け合った。

「駅には以前、待ち合わせなどを書き込む伝言板があったんだよ」。会えないもどかしい思いもつづられた伝言板が災厄下の、人の思いをつなごうと復活した。

52人の駅員総出で伝言黒板を手作り。「皆さまの想いや希望を共有」「笑顔あふれる日々を迎えいれるために」。駅員手書きのメッセージの下に置かれた伝言板に客が毎日思いを書き込んだ。「ひとりぼっちじゃないよ」「皆様、仕事有り難う御座います」。見えない他者を思い、感謝を伝える言葉が書き込まれた。

「インフラ守ってくれてありがとう 駅員さん」。こんな書き込みを見つけ、野田さんの目に涙があふれた。人と人をつなぐ役割を担う交通機関に従事する意義を感じた瞬間だった。

大切な人やいとおしい人に会う日常が妨げられたからなのか。小売店で働く人や物流を担うトラック運転手、介護士や保育士、警備員――。普段は意識しない人々の仕事に感謝し、その人たちが守る家族にも思いを寄せる共感力が高まる。

作家、吉野源三郎さんの「君たちはどう生きるか」の主人公コペル君はふと、自分が社会の人々と同じ分子だということ、外国産の粉ミルクが自分の元に届くのに多くの人の手、労働があることに気づいた。

6月上旬の週末。昨秋の台風で深刻な被害を受けた群馬県上野村の御巣鷹の尾根で、日本航空社員と大島文雄さん(76)らOB、日航機墜落事故で9歳の息子健ちゃんを亡くした美谷島善昭さん(73)夫妻と仲間が修復作業に取り組んだ。

傾いた墓標を起こし、慰霊登山する遺族に水を供する水源に積もった土砂や石を取り除く。尾根に通い続けるノンフィクション作家、柳田邦男さん(84)が過酷な手作業を見つめた。

他者の悲しみ、困難が自分や家族だったらと想像することを、柳田さんは潤いのある「2.5人称の視点」とする。520人の魂と遺族を思い、山を守る姿に柳田さんは「大事な思いやり」を感じた。潤いある思いやりが山に満ちていた。

いま流布する「社会的距離」「新しい生活様式・日常」の意味を問う。他者の心情を想像して関係性を築く。他者にうつさないためにマスクを着ける。社会の営みを尊く思う心を世の常にしたい。(小林隆)

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