ホールに響く希望の音色 東響、自粛後初の演奏会

2020/7/2 11:30
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新型コロナウイルスの影響で公演自粛を余儀なくされていたオーケストラが、コンサートホールでの演奏を再開し始めた。東京交響楽団(東響)は6月26日、3カ月ぶりに定期演奏会を開催。生の音色を待ち望んだ観客席から贈られた拍手は、自粛生活に苦しんだ楽団員の心も潤した。客席や舞台の社会的距離の確保など手探りで始めた演奏会で大きな一歩を踏み出した楽団だが、先行きは不透明で演奏者やスタッフの不安と模索は続く。

拍手で迎えられたコンサートマスターがチューニングを始めようとしても、歓迎の表明は鳴りやまない。促されて起立した演奏者全員が一礼して始まった、ベートーベンの「プロメテウスの創造物」序曲。演奏会の再開を祝うように推進力あふれる雄大なフィナーレで締めくくられると、客席からの称賛は90秒以上にわたってホールに響いた。

演奏する青木さん(6月26日、東京都港区のサントリーホール)

演奏する青木さん(6月26日、東京都港区のサントリーホール)

自粛後初めての演奏会場になったサントリーホール(東京・港)では、感染防止策として前後左右を空席にして観客を配置。舞台上でも互いの間隔を通常より30センチメートル広くし、その分演奏者も50人から31人に縮小した。大ホールの定員2006人に対して観客は781人と空席はいやがうえにも目立ったが、演奏を終えた首席ビオラ奏者の青木篤子さんは、「お客様とも同僚ともこんなに心が近いと感じたことはなかった。生の音楽を分かち合う空間が必要とされていることを改めて感じた」と、マスクで蒸れた顔を拭った。

久々に集まったリハーサルで笑顔を見せる楽団員(6月24日、川崎市の「ミューザ川崎」)

久々に集まったリハーサルで笑顔を見せる楽団員(6月24日、川崎市の「ミューザ川崎」)

国からのイベント自粛要請を受けて、東響が定期演奏会を休止したのは3月末。以降、本番2日前のリハーサルまで自宅での個別練習を強いられた。「『明日弾いてください』と言われてもいいように、技術・体力・精神力は鍛えていた」という青木さんだが、人が集まってこそ成り立つオーケストラ。「協奏曲を練習していると同僚の顔が浮かんだ。寂しいので無伴奏の曲ばかり演奏していた」

首席ホルン奏者の大野雄太さんも「ホルンはもともと屋外で吹くために作られた楽器。自宅の狭い部屋では音色や響きが確かめられなかった」と7歳と2歳の子どもの子育てをしながら練習した苦労を振り返る。

3カ月ぶりの定期演奏会で演奏する大野さん

3カ月ぶりの定期演奏会で演奏する大野さん

演奏者を支えるスタッフも頭を抱える日々が続いた。2月以降に中止・延期した公演の数は52にのぼり、損失額は約1億8千万円。数千件のチケットの返金作業はいまだ終わらない。辻敏事務局長は「頑張ればどうにかなる状況ではなく、平常心を保って仕事をするのは容易ではなかった」。演奏会が再開した今も、運営資金の確保や来日できない指揮者やソリストの代役の確保に奔走する。

観客を迎えての演奏会が開けない中、楽団は新しい形のコンサートも模索した。3月にインターネット動画配信サービス「ニコニコ動画」で無観客演奏会を無料ライブ配信した試みは、再放送と合わせて延べ20万人が視聴。「視聴者が想定以上のスピードで増え、終了時は開始時のほぼ5倍になったことには驚いた」(担当したドワンゴの高橋薫さん)。東響が本拠地にするホールがある川崎市も、6月からニコニコ動画上で無観客のオンラインコンサートを開き、寄付金を募る取り組みを始めた。視聴は無料だが「今後どのようにしたら楽団への寄付が増えていくかは対応を模索している」(高橋さん)。

「ニコニコ動画」で配信された東京交響楽団の無観客演奏会はクラシックファンの裾野も広げた(niconico提供)

「ニコニコ動画」で配信された東京交響楽団の無観客演奏会はクラシックファンの裾野も広げた(niconico提供)

支援も広まる中でようやく再開された演奏会だが、ウイルスの感染状況と同様に楽団の先行きは不透明だ。自粛期間中の損失に加え、今後いつ演奏会の休止を強いられるかわからない状況下で損失を回収するには5~10年かかることも想定している。

日本オーケストラ連盟によると6月中旬時点で、加盟する全国38団体の1100以上の演奏会が中止・延期された。大都市で徐々に再開し始めたものの、国はイベントに関する指針で参加人数をホール定員の50%以下と定めており、半数を空席にすると赤字になる演奏会も多い。オーケストラの多くは、制度上毎年利益を積み立てて必要以上の内部留保を持つことができない公益財団法人。企業や地方自治体の傘下になく、大口の支援者がいない東響のような自主運営方式楽団の経営は特に厳しいという。

久々の演奏会を終え、惜しみない拍手を背にバックステージに戻った東響の演奏者と、出迎えたスタッフは一様に笑顔だった。だが、辻事務局長は「演奏会の再開は一歩目で、これからのほうが大変」と気を引き締める。青木さんも「音楽家として今が正念場。ホールに足を運んでもらえるよう、生の音楽の持つ力とメッセージを最大限伝えていきたい」とそれぞれ思いを新たにした。

(文・撮影 横沢太郎、撮影 中尾悠希、金谷亮介、西嶋竜二)

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