「あほな音楽」大阪に土壌 山本精一さん
関西のミカタ 「難波ベアーズ」オーナー店長

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2020/7/1 2:01
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やまもと・せいいち 1958年兵庫県尼崎市生まれ。86年から2001年までバンド「ボアダムス」でギタリストとして活躍。87年からライブハウス「難波ベアーズ」店長も務める。エッセイスト、画家、写真家としても知られる。

やまもと・せいいち 1958年兵庫県尼崎市生まれ。86年から2001年までバンド「ボアダムス」でギタリストとして活躍。87年からライブハウス「難波ベアーズ」店長も務める。エッセイスト、画家、写真家としても知られる。

■大阪・ミナミの「難波ベアーズ」は知る人ぞ知る老舗ライブハウスだ。「ボアダムス」をはじめカルト的な人気を得て世界で活躍するバンドを輩出し、関西のアンダーグラウンドな音楽シーンをけん引してきた。オーナー店長の山本精一氏(61)は、ギタリストとして国内外で活躍する傍ら、ベアーズを運営する。

とにかくあほなことがやりたい、というのが基本だ。体の奥底から突き上げてくる衝動に従って、自分の人間性を音にたたきつける。ちゃんとした音楽の形が整うのはその後だ。パンクでもロックでもない、ノイズでいっぱいの、言葉にしがたい未分化の音楽。それが「オルタナティブ」という音楽ジャンルだと考えている。

若気の至りそのもののような音楽だが、それこそが面白さの原動力だ。その面白さを受け止める場がベアーズ。非常にニッチな音楽だが、そういう音が深く刺さる人が世界中に一定の割合でいる。

壁や天井のシミ、傷は過去の過激な演奏の痕跡だ。ハードコアの連中は出演すると殴り合いのけんかになりがちで、マイクスタンドで頭をなぐると天井に血が飛ぶ。よく殺人事件が起こらなかったなと思う。一度は客席にウシの生首を投げ込んだミュージシャンもいた。食肉処理場で買って郵送してきたもので、とにかくすごいにおいだった。舞台でいきなりゲロを吐くやつもいるし、何でもありだ。

入居するビルの上階に吉本興業のお笑い芸人が住んでいて、それが縁で漫才イベントもやった。千原兄弟や雨上がり決死隊、FUJIWARAなど、後に東京に進出して名が売れた連中が出演した。

■ベアーズは立ち上げから30年以上がたつ。地元の高校生が立ち上げた小さなライブハウスが軌道に乗るまでには様々な苦労があった。

長く関わってはきたが、ベアーズはぼくが造った店ではない。教師をやっている友人の教え子にメタルが好きな子たちがいて、彼らが15歳か16歳のときに造った店だ。若過ぎて1年足らずで運営に行き詰まり、ぼくが後を継いだ。

あくまでもぼくは暫定的な雇われ店長だった。店名も自分がつけたものではない。2年前にオーナーを兼務するようになり、ようやくバイトでなくなったようなものだ。

足元では新型コロナが客足に響いている。もともと、ベアーズはとても狭い箱だ。ソーシャルディスタンスを徹底すると客は2~3人しか入らない。アフターコロナの音楽シーンは配信にあるともいうが、配信で収支が成り立つのは1000人くらい来るような規模のライブだ。普段のベアーズの集客は20~30人程度。対策はいろいろあるが収益面ではやはり難しい。

ライブハウスを営むかたわら、「ボアダムス」など様々なバンドでギタリストも務めてきた

ライブハウスを営むかたわら、「ボアダムス」など様々なバンドでギタリストも務めてきた

■ベアーズの音楽は大阪の風土気風に支えられている。

だが店を閉める気は全くない。元来、音楽は刹那的なものだ。この瞬間、この場所でしかできないものがある。

大阪は街自体にオルタナティブの精神が染み込んでいる。はっきりしていなくて、曖昧で、真面目になれない。個人がすごく強くて、よくもわるくも短絡的で衝動的、どこか動物的な人が多い。

大阪は殿様のいない街だ。代わりに商売人が一国一城のあるじをしている。縦社会の規範がなく、押しつけられる規律がない。変なやつがどんどん集まってきて、好きなことをする。そういう街の特色がいいように作用すると、他では考えられないものが出てくる。越えてはいけない一線というものを越えてしまうような力が大阪にはある。

町田康や筒井康隆など、大阪は小説家の街でもある。亡くなった中島らもも、ベロベロに酔っ払ってやってきてそのままベロベロで帰っていく人だった。あの正体のなさ、めちゃくちゃさにこそ、大阪の度量があると感じる。(聞き手は山本紗世)

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