米軍機墜落61年で追悼集会 沖縄・宮森小、平和誓う

2020/6/30 10:11 (2020/6/30 12:16更新)
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米施政権下の沖縄で1959年、石川市(現うるま市)の小学校に米軍嘉手納基地のジェット戦闘機が墜落し、児童や住民ら200人超が死傷した事故から61年となった30日、現場の宮森小で追悼行事が開かれ、児童や遺族らが「平和を永遠に」「事故を風化させない」と誓った。

 米軍機墜落事故の犠牲者18人の名前を刻んだ石碑「仲よし地蔵」に花と千羽鶴を供える児童(30日午前、沖縄県うるま市の宮森小)=共同

犠牲者18人の名前を刻んだ石碑「仲よし地蔵」前の広場で追悼集会があり、全校児童が黙とう。6年生が「一人一人の手で平和を永遠に守り続けよう」と詩を朗読した。児童らは「平和の鐘」を鳴らし、花と千羽鶴を碑に供えた。6年の平良姫愛莉さん(12)は「事故は絶対にあってはならない。次の世代に語り継ぐことが大切だ」と話した。

その後、遺族らでつくる「石川・宮森630会」も碑の前で慰霊祭を開いた。参列者約30人が焼香し、鎮魂の三線の音色が響いた。久高政治会長(72)は「61年たっても遺族の悲しみが癒えることはない。宮森から日本中に平和を発信していく」と風化させない決意を語った。

ジェット機は住宅を巻き込んで宮森小の校舎に激突し、炎上。児童11人と住民6人が命を落とし、1人が後遺症で亡くなった。負傷者は210人。戦後の沖縄で米軍が起こした最大の墜落事故となった。

県によると、72年5月15日の本土復帰から今年6月10日までの米軍機事故は、墜落が49件、不時着は610件に上る。〔共同〕

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