鹿肉、ジビエなのに「夏うまい」 関西で探る加工の努力
とことん調査隊

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2020/6/30 2:01
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知人に連れられて入った飲食店に見慣れないメニューがあった。「夏鹿のロースト」。野趣に富むジビエ(野生鳥獣肉)は秋・冬のイメージが強いが、くせのない爽やかな味わいが口に広がった。夏鹿が広がる背景を探ろうと和歌山県にある生産施設を訪ねると、野生動物との共生に悩む農家の姿が見えてきた。

大阪・北浜にあるビストロ「サ・マッシュ」。井尾圭輔シェフ(37)によると、取引先の紹介で夏鹿のおいしさを知ったのは2年ほど前。春から夏に新芽や若草を食べて育った鹿は、木の実を主食とする秋の鹿とはひと味違う。「もっちりした食感と、さっぱりした後味が特徴」。普段はジビエを敬遠する人も「食べやすい」と喜ぶという。

同店の仕入れ先は和歌山県田辺市の「ひなたの杜(もり)」。2018年に完成したジビエ専門の解体処理施設だ。里山にある施設を訪ねると、湯川俊之さん(42)が夏鹿人気の背景を教えてくれた。

和歌山県の鹿の猟期は11~3月だが、農作物に被害をもたらす有害鳥獣の駆除期間もあり、田辺市では4~10月も捕獲できる。「冬場に脂が乗るイノシシと違い、オスの鹿は繁殖シーズンに備え夏にエネルギーをためる。猟師には昔から『夏のオス鹿はうまい』と知られていたようだ」(湯川さん)。しかし、ジビエはプロの手で処理しないと臭みが残る。夏場は傷みやすいこともあり、一般の飲食店で扱うのはまれだったようだ。

ひなたの杜では、鹿がわなにかかった段階で現地に赴き、とどめを刺して血抜きをする。保冷車で1時間以内に施設に運び解体するため、新鮮な状態で各地の飲食店やホテルに発送できるという。

農林水産省によると、こうしたジビエ処理加工施設は全国に約630施設。特に古くから鹿やイノシシを食べる文化がある関西には、約110施設が集まる。国・自治体の後押しもあってジビエ専用の加工施設が増えたことで、新鮮な夏鹿を都会の消費者に届けやすくなったようだ。

では捕獲の担い手は誰だろうか。ひなたの杜によると、鹿の食害に悩む近隣の梅やミカンの栽培農家だという。

「子どもの頃は日中に動物を見ることはまずなかった」。岡本和宜さん(41)は振り返る。猟師の減少、温暖化による環境変化、耕作放棄地の拡大――。岡本さんは様々な要因が重なって鹿やイノシシが増えたと感じている。新芽などを食べられる被害は年間数十万円分。枝や幹を折られれば影響は数年に及ぶ。

岡本さんは地域の若手農家に呼びかけ16年秋に狩猟チームを結成。地域の年配者にわなのかけ方を習い、畑の近くに仕掛けると、1年目だけで100頭以上かかった。しかし、食肉として活用するノウハウはなく、獲物は穴を掘って埋めるしかなかった。「重労働のうえ『命を無駄にしている』とつらい思いだった」

ジビエとして活用するため解体施設を誘致。自治体も補助金を出し「ひなたの杜」ができた。今では近隣の農作物被害が激減したという。岡本さんらは狩猟チームを「日向屋」として会社組織にし、ミカンや梅とともに鹿やイノシシの肉の販売に乗り出した。

とはいえ、ジビエは秋・冬のものというイメージは根強い。ひなたの杜は各地のレストランやホテルに鹿やイノシシの肉を提供しているが、夏場の注文は秋・冬の半分程度。湯川さんは「販売先の開拓が課題」と話す。

農水省鳥獣対策室によると、野生鳥獣による農作物被害は約158億円(18年度)。被害を減らそうと鹿やイノシシの捕獲頭数が年々増えているが、食肉などに活用されている鹿はおよそ1割にとどまる。同省もジビエメニューの普及を後押しするが、担当者は「夏鹿の活用はまだこれから」と話す。

(覧具雄人)

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