/

熱狂なき無観客試合で再確認 岐路に立つスポーツ

ドーム社長 安田秀一

プロ野球は約3カ月遅れ、無観客で開幕した(オリックスと楽天の開幕戦が行われた京セラドーム大阪)=共同

緊急事態宣言の解除から1カ月がすぎ、国内のプロスポーツがやっと動き出しました。プロ野球、サッカーのJリーグとも当面は無観客試合(リモートマッチ)。7月10日からは観客を入れますが、観客数を大幅に抑えての開催で、以前のように大歓声で盛り上がるのは難しいようです。米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店ドームで社長を務め、スポーツビジネスに詳しい安田秀一氏は、この状況を変革の時と捉えています。そしてスポーツの価値を再確認したと語ります。

◇   ◇   ◇

プロ野球が約3カ月遅れて開幕しました。スポーツのある日常風景が少しずつ戻ってきています。ただし、新型コロナウイルスの感染拡大防止の影響でスタンドに観客はいません。熱狂のないスタジアムでのプロ野球をテレビで観戦しながら、今回のコロナ危機によってスポーツは大きな岐路に立っていると実感しました。

もちろん、スポーツに限らず、社会のさまざまな物事が変化を迫られていると考えるべきなのでしょう。例えば企業の経営戦略です。僕が経営する株式会社ドームは東京五輪の会場が集まる東京・有明に本社オフィスを構えています。スポーツ用品メーカーとしてその立地は大きなメリットと考えていました。しかし、コロナ危機に対応して、テレワークで業務を遂行することに大きく舵(かじ)を切ることになりました。これまで、優秀な人材を確保する、作業効率を高める、会社の求心力を高める、などなど、我々企業は理想的なオフィスの構築にどれだけ投資をしてきたでしょうか。

今回のコロナ危機は、人々の生活様式やそれをつかさどる価値観にも大きな影響を及ぼしています。テレワークで業務を進めることが可能であれば、地価の高い都市部に住む必要もありません。ですので、たとえワクチンが開発されて危機が去ったとしても、過去の習慣に戻ることは考え難いと思っています。これまで正しいと思っていたものが成立しなくなったり、過去と全く違う新しいやり方が導入されたりするなど「ゲーム自体が変わる」、我々は今、そういう状況に直面しているのです。

スポーツの無観客試合についても、そんな視点で考えていく必要があります。

観客の熱狂、スポーツの根本要素

みなさんは観客のいないプロ野球をどう感じましたか。それぞれ違った印象があるとは思います。僕には具の入っていない塩おにぎりを食べているような印象を受けました。観客の熱狂というのはスポーツエンターテインメント、興行としての根本要素だと改めて認識しました。

過去にもこのコラムで取り上げましたが、スポーツビジネスとは熱狂をマネタイズすることです。チームや選手を応援する気持ち、素晴らしいパフォーマンスが生む興奮や高揚感をお金に変えていく。無観客試合はその対極にあります。そもそも、プロスポーツの根元は、「帽子にお金を入れてもらう」大道芸人のように、たまたま見に来た人から集金することに端を発しています。つまり、お客様があってのビジネスモデル、ということです。

では、ウイルスによって熱狂を生み出すことができなくなったこの危機に、スポーツにはどんな選択肢があるのでしょう。正直言って、僕にも明確な答えは分かりません。ですので、スポーツビジネスのトップランナーであり、熱狂空間を作ってマネタイズするというビジネスモデルを確立してきた米国のプロスポーツがどんなやり方をするのかに注目しています。

 米大リーグMLBは今も開幕できていません。機構側と選手会が労使交渉で対立、結局、MLBが強行開催の権利を行使して7月下旬に無観客での開幕が決まりました。試合数はレギュラーシーズンで各球団120試合を予定している日本の半分の60試合ということです。

米大リーグは7月下旬の開幕が決まった(2019年4月、エンゼルスの本拠地開幕戦前のセレモニー)=共同

日本の方がうまく対処したと考えている人もいるでしょうが、ここはもう少し熟慮が必要でしょう。大リーグの試合数と選手の年俸削減の額をめぐる対立が日本では伝えられていますが、プロ野球の主たる収入源は入場料です。これが見込めない中で、年俸交渉が行われないことの方が不自然と考えるべきだと思います。

また、海外ではつい最近でも有名選手をはじめ、あらゆるプロリーグの選手たちの感染が相次いでいる、そんな状況でもあります。ロッカールームや移動のバスや飛行機という密閉状態を伴う職場特性はもとより、ほとんどのプロスポーツは接触を伴うプレーが多いことも不安要素と言えると思います。もちろん選手にも家族がいます。誰もがプレーはしたいでしょうが、収入が大事な選手や、とにかく安全を第一に考えたい選手など、個人個人で優先すべき事柄は違うはずです。

リーグの持続可能性も考えれば、労使の深い対話は当然のことのように思います。もしくは選手間でも主張や議論をすべきだろうとも思います。日本は機構やリーグ側がやると決めたらほとんど議論もなく、無観客試合が実現することに、僕はかえってこの国の封建的な風土を感じてしまいます。

海外でプレーする日本人選手の何人かは、ソーシャルメディアを通じて自身の意見を発信したりしています。withコロナの時代、プロスポーツが進むべき道を決めていくために、選手の方々にはこの大きな社会問題をより主体的に捉えてほしいと思います。

無観客ではチケット収入はもちろん、飲食やグッズ販売による収入も失われます。残るのはスポンサー収入と放映権料だけ。スポンサーも基本的には集客価値への支払いということを考えると、契約金のディスカウントは致し方ないはずです。熱狂空間をマネタイズするというスポーツビジネスの前提が崩れてしまったわけです。決して無観客試合に反対なわけではありませんが、コロナ危機は世界中を苦しめる不可抗力の災厄です。それによって収入が大きく減ってしまうのだから、オーナーも選手もファンもみんなで「しゃがむ」しかないように思います。その上で、現実的な将来予測を立てて、損益分岐点を考えて、試合数を減らしたり規模を縮小したりして、コストを削減し、熱狂が戻るまで耐え忍ぶ。現状ではこれが最善の対応ではないでしょうか。

耐え忍ぶだけの価値がある

ここはひとまず「しゃがむ」、と思うのは、今回のコロナ危機を通じて、私自身、スポーツの価値を再認識したからです。つまり、耐え忍ぶだけの価値がスポーツにはあり、潜在的な需要は決してなくなることなく、むしろ苦難を迎えれば迎えるほど、スポーツの本質的な価値はキラキラと輝くと思いました。

ステイホームが求められた時期、どれだけのアスリートがトレーニング法を伝授する情報を発信していたことか。だれもが運動不足やストレスの解消のためにスポーツを必要としていました。憧れのアスリートとともにスポーツができる、技術が学べる、トレーニング方法を知ることができる。普段は絶対に見ることのできないノウハウやメソッド、あるいは自宅の風景など、スポーツを違う角度で楽しむことができた人は決して少なくはないはずです。

このコラムの第1回で紹介しましたが、帝国陸軍の軍人で軍事思想家でもあった石原莞爾は、著書「世界最終戦論」で、平和が訪れた世界では人類の野性的な闘争本能は平和裏により高い文明を建設する新しい競争に転換する、と記しています。僕はそこで指摘される人間の闘争本能の受け皿となる競争こそが、スポーツの役割と考えています。

今はそうしたスポーツの可能性を信じ、いったん立ち止まって課題を考え、持続的な発展を目指す仕組みを考える良い機会だと捉えたいです。1年延期になった五輪・パラリンピックがまさにその試金石となるでしょう。観客の削減や無観客での開催、あるいは中止など、どんな決断でもアスリートはもとより、国民の生活にも大きな影響を及ぼすでしょう。

その時には、たった1カ月余りのイベントのために、莫大なお金を使って新しい施設をたくさん造ってしまったことの意味を冷静に振り返る必要があると思います。スポーツは建築物を造るためにあるのではなく、人としての尊厳を守るためにあり、人々をキラキラと輝かせるために存在する。

混迷の時代です。「スポーツの真の可能性」を北極星に、苦難を分かち合い、ともに耐え忍んでいきましょう。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン