コロナ禍で紙需要に変化、王子や大王「包む・拭く」へ - 日本経済新聞
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コロナ禍で紙需要に変化、王子や大王「包む・拭く」へ

新型コロナウイルスから暮らしを守ろうとする人々の意識が高まり、マスク、除菌ウエットティッシュ、ペーパータオルなど衛生用品、インターネット通販向け段ボールの需要が急増している。一方でテレワーク勤務の広がりや広告チラシなどの減少で印刷、情報用紙の「書く」用途での紙の需要は大きく落ち込む。製紙各社は生産設備の改造や増産、新製品投入によって「包む・拭く」需要の取り込みに軸足を移し、将来を見すえて紙によって「治す」機能を創るという新たな挑戦も始まった。

「香川のクリーンルームがマスク生産に使えるはずだ」。新型コロナ発生後、王子ホールディングス(HD)の加来正年社長はグループ内の転用可能な設備を総ざらいして衛生関連の生産強化をすると決めた。6月、王子HDのグループ会社、新タック化成(香川県三豊市)の工場では不織布マスクの生産を始めた。材料の調達から縫製まで日本製にこだわった医療用ガウンの生産にも乗り出した。名古屋にある紙おむつ向け不織布の生産設備を増強して、6月末から医療、福祉施設向けにガウンの出荷を始める。

7月には千葉県船橋市に国内最大級となる段ボール工場を立ち上げる。物流基地が集まる船橋で関東地区での段ボール需要を取り込む。他工場でも既存設備を改造して、新聞から段ボールへと生産する品種を変える。

こうした段ボールなど有望事業への投資効果で2022年3月期に年5億円の収益押し上げ効果を見込む。停機・品種転換や移設によって23年3月期から年38億円ずつ費用削減の効果がある。

生産体制を見直す背景には、「書く」用途の紙の急激な需要減がある。在宅勤務への移行でオフィスの印刷用紙、商業施設の休業で広告チラシの需要が減った。今後もテレワークが浸透し、小売店が混雑を避けるためにチラシを控えるなど、いったん定着した流れは変わらない。

新型コロナによる紙の販売への打撃は軽くない。王子HDは20年4~9月期に新聞用紙の販売数量が前年同期比で14%減、印刷情報用紙は同17%減と予想する。年度下期もそれぞれ2桁マイナスの大幅な落ち込みが続く見通しだ。

これまでも製紙業界は紙の需要減に直面するたびに、生産能力の縮小や設備転換で苦境を乗り越えた歴史がある。今回もこのまましぼんだ需要が戻らなければ、「追加で生産能力の削減を考えざるを得ない」と、王子HDの経営企画を担当する王子マネジメントオフィスの中島隆取締役は懸念する。

日本産の強み生かす

「5~6年先の需要減が前倒しで一気に来たようだ」。大王製紙の田中幸広取締役は新聞やチラシなどメディア用途の紙の落ち込みが激しいと語る。さらに「デジタル化が進み、従来はあった紙の必要性がなくなる分野も出てくる」ため、需要減が長引くと覚悟する。

大王では基幹工場の三島工場(愛媛県四国中央市)を舞台に、メディア用途から梱包・包装へと紙・板紙事業の構造改革に挑んでいる。20年4月には三島工場にある生産設備を半年かけて改造し、需要が落ち込む洋紙から段ボール生産用に切り替えた。三島工場は世界有数の製紙工場で原料となるパルプのコスト競争力が高い。そこに改造したマシンの生産性を掛け合わせることで、国内にとどまらず、アジアや古紙輸入規制で段ボール需給が逼迫する中国向けの輸出拡大に弾みを付ける。

大王も衛生用紙事業に期待している。紙おむつやナプキン、ペーパータオル、ウエットティッシュ、トイレットペーパー、マスクなどを手掛ける「ホーム&パーソナルケア(H&PC)」は21年3月期に部門営業利益で130億円を見込む。「紙・板紙」の140億円に次ぐ収益源だが、22年3月期から始まる次期3カ年中期経営計画の間に、H&PCが紙を営業利益で抜いて、会社の屋台骨となる可能性がある。

「エアージェットタオルや布製品からペーパーへの切り替え、家庭ではペーパーをアルコールで湿らせて食卓を除菌するなど新たな需要が出てきた」。21年7月には三島工場でペーパータオルの生産設備の新設に踏み切る。田中取締役はコロナ感染の広がりを受けて以前から検討していた投資計画を早めたと明かす。「家庭で使いやすくするため、100%パルプかつ2枚重ねでごわつきをなくした」。さらに不織布マスクの国内生産、除菌ウエットティッシュの増産など事業スピードを上げてニーズの高まりに応えている。

肌ざわりや安全性など日本メーカーの品質の高さから、衛生用紙は海外での伸びしろが大きい。大王は20年2月、トルコ、ブラジルで衛生用品の会社を子会社化すると発表した。すでに中国でトップブランドの紙おむつ「GOO.N」を主軸に、トルコ、ロシア、中東、北アフリカ、南米まで衛生用紙を広げる。「ブランド力のあるベビーから始めて、大人向けおむつ、トイレットペーパー、ウエットティッシュなどを順次導入する」と田中取締役は意気込む。

紙の新たな用途を開拓するのは三菱製紙だ。八戸工場(青森県八戸市)、高砂工場(兵庫県高砂市)で脱プラスチック向け包装用コート紙「バリコート」の生産設備を導入する。実は世界の脱プラ市場で三菱製紙は一目置かれる存在だ。情報記録用紙で培った技術を生かした薬品の精密な塗工技術に優れ、19年春には欧州の大手食品メーカーにバリコートが採用された。海外での実績をひっさげた「逆輸入」で20年5月に国内市場に参入し、すでに多数の国内食品メーカーから製品開発の声がかかる。新たなゴミ問題になりつつある飲食店のテークアウトプラ容器について「紙製品に切り替えられないか」と同社に相談する会社もあるという。

王子も将来に向けたイノベーション推進に力を入れる。4月に紙由来成分の医薬品事業を目指す子会社「王子ファーマ」を設立した。王子マネジメントの中島取締役は「動物用、ヒト用と合わせてグローバルで1兆円市場を狙う」とぶち上げる。イヌ、ウマ用に変形性関節症治療薬、ヒト向けにはハラル対応の抗凝固薬の製造を目指す。抗凝固薬には豚由来成分が使われてきたが、植物から同じ効能のものを生成できるのだという。「治験には時間がかかるだろうが、将来のコア事業にすべく育てる」(中島取締役)

コロナ禍による紙の需要減は製紙業界には試練となる。だが、副産物ももたらした。紙は「暮らしを守る」ために欠かせないアイテムだと社会があらためて気づいた。製紙各社の安定供給、さらに技術開発への期待はこれまでになく高まりそうだ。

(日経ビジネス 岡田達也)

[日経ビジネス電子版 2020年6月26日の記事を再構成]

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