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自粛でスポーツ熱低下 呼び覚ましたM・ジョーダン
スポーツコメンテーター フローラン・ダバディ

2020/6/28 9:16
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先日、久しぶりにテニスを観戦した。一流選手が陸の孤島のような南仏の一角に集い、真剣勝負を繰り広げる「アルティメット・テニス・ショーダウン(UTS)」という新企画だ。

発案者はセリーナ・ウィリアムズ(米国)らのコーチでもあるフランスのパトリック・ムラトグル氏。ニースにある自身のアカデミーに10人程度の男子選手を集めてリーグ戦を開き、インターネットで配信している。シングルス世界ランキング3位のドミニク・ティエム(オーストリア)、同6位のステファノス・シチパス(ギリシャ)も参加していて、なかなかの顔ぶれだ。

新しいスタイルのテニスを模索するという趣旨で、普通のテニスとは試合形式が全く違う。10分間、2本交代でサービスを打ち続け、獲得したポイントが多い方がそのクオーターを取る。3クオーターを取れば勝ち、2-2になるとサドンデスで決着をつける。相手のファーストサービスの権利を奪ったり、次のポイントを取れば3ポイントとカウントされたりするようなカードを使うこともでき、ゲーム性を高めている。独特のスピード感と予測不能な展開が興奮をもたらす。

フランスで始まったテニスの新企画「UTS」。インターバルには選手のトークも

フランスで始まったテニスの新企画「UTS」。インターバルには選手のトークも

ムラトグル氏は「伝統的なテニスが長編映画だとするなら、これは短編のテレビドラマ。若者たちは映画を見なくなっている。新しいファンを開拓するには色々なテニスがあっていい」と言う。テレビのリアリティーショーが全滅状態の今は格好のタイミングかもしれない。2カ月以上ご無沙汰していたライブでのスポーツ観戦はそれなりに楽しかった。

日本ではプロ野球がついに開幕し、Jリーグも再開する。欧州の一部でもサッカーが戻ってきた。けれどもスポーツ界に日常が戻るまでの道は長いと感じている。僕はかなりのスポーツ好きだが、まだ心に火がつかない。正直にいうと、時間があればテレビでのスポーツ観戦よりも、川沿いのジョギングだとか、サイクリング(マスクは着用しています)に気持ちが傾いてしまう。

情熱は習慣の産物という一面がある。観戦の習慣がなくなれば、情熱が薄れるのはやむを得ない。失われた時間を取り戻すために、これまで以上にたくさんスポーツを見ようという発想にはならない。ペコペコになったおなかはドカ食いすれば満たされるが、心は胃袋とは違うのだ。物質的な存在ではないから、時間をかけて少しずつ情熱が戻るのを待つほかない。上質なワインを静かに口に含み、長編小説のページをゆっくりめくっていくように。

けれどもまれに例外がある。「一目ぼれ」というやつだ。自粛期間中、動画配信のネットフリックスで「マイケル・ジョーダン:ラストダンス」というドキュメンタリーに出合った。ジョーダンがキャリアの大半を過ごしたシカゴ・ブルズのラストシーズンに密着した長編は掛け値なしの傑作だった。

1990年代前半は僕がスポーツに最も魅了されていた時期だ。サッカー、テニスをはじめ主にヨーロッパのスポーツを見ていたが、ジョーダンだけは別格だった。靴の名前としてしかジョーダンを知らない若者にどうすれば彼の偉大さを伝えられるだろうか?

現役時代のマイケル・ジョーダン。次元の違うスーパースターだった=ロイター

現役時代のマイケル・ジョーダン。次元の違うスーパースターだった=ロイター

ジョーダンはクリスティアーノ・ロナウド、タイガー・ウッズ、ウサイン・ボルト、ロジャー・フェデラーといった当代のスターとも違う次元にいた。彼ら4人が「神がかったアスリート」だとしたら、ジョーダンは「神」だった。米国が熱気にあふれていた時代、ハリウッドスターのカリスマ性と魔法のようなプレーをする才能を兼ね備え、15年間の長きにわたり、スポーツの枠を超えたスーパースターとして君臨した。

ジョーダンは単純な「ナイスガイ」ではない。類いまれな向上心と自己鍛錬に裏打ちされた存在感を放ち、近寄りがたいものがあった。自分自身にとことん厳しい半面、他人の弱さも許せない。本人や関係者の証言を集めたドキュメントを見ると、「神であること」は狂気と紙一重ではないかと思えてくる。作品の最後近く、ジョーダンは「スポーツは生存競争だ。一切の甘えは許されない」と語る。その表情は最前線で戦う兵士のようだった。

スポーツに限ったことではないが、偉大な業績を残すのは、優れた人格者とは限らない。フランスの作家セリーヌは明らかな人種差別主義者だったし、フランソワ・ミッテラン大統領は野心の塊だった。モーツァルトは軽薄なお調子者だったといわれるし、米国の現代美術家ジェフ・クーンズはドライなビジネスマンという面も否めない。

人格と業績、どちらを尺度に人を評価したらいいかは簡単に答えの出ない問題だ。それでもジョーダンという肖像が色あせることはない。僕はかつての彼の姿から、明日への活力を得た。

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現役時代のマイケル・ジョーダン。次元の違うスーパースターだった=ロイターロイター

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