Zoomもインドも香港も、膨張する「中国の価値観」

日経ビジネス
2020/6/25 2:00
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香港国家安全法案への抗議活動が行われた=ロイター

香港国家安全法案への抗議活動が行われた=ロイター

日経ビジネス電子版

「4つのZoom(ズーム)会議が計画されている。中国では違法行為だ。ミーティングとホストのアカウントを停止してくれ」

中国政府から米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズにこんな要請が寄せられたのは5月から6月初旬にかけてのことだった。中国政府が民主化を求める学生運動を弾圧した天安門事件が起きたのは1989年6月4日。複数の団体が天安門事件関連のオンライン会議を実施しようとしていた。

ズームはこのうち、中国本土からの参加者が確認された3つの会議をアカウント停止などにより中止させた。中国当局の言論統制要求を、中国本土外にいる主催者や参加者にも適用したことになる。この事実が米国で報じられた後、ズームはアカウントを復旧。対応の誤りを認め、「今後、利用者がいる国に応じ、個々の利用者の会議への参加を阻止できる機能を開発する」と表明した。

ズームは中国山東省に生まれた袁征(エリック・ユアン)最高経営責任者(CEO)が創業した米国企業で、多くのエンジニアが中国の拠点で開発している。コロナ禍で爆発的に成長する中でセキュリティー面の不安も指摘され、中国色を薄めようとしている矢先の出来事だった。

日本も無縁ではない。5月末にはドワンゴが提供するニコニコ生放送における全国人民代表大会(全人代、国会に相当)閉幕直後の李克強(リー・クォーチャン)首相の記者会見中継で、「天安門事件」や「くまのプーさん」といった用語が書き込み禁止になった。くまのプーさんは、習近平(シー・ジンピン)国家主席を揶揄(やゆ)する隠語とされる。配信の主体となった中国企業が禁止用語を設定したものとみられ、日本国内に向けたサービスでも中国流の検閲が実施されたことになる。

中国国営の新華社は、全人代の常務委員会を6月28日から30日まで開くと伝えた。今月18日から20日にも実施したばかりで、異例の月2回開催だ。香港国家安全法をスピード可決させる可能性があるとみられている。

20日に公開された香港国家安全法の概要では、国家安全関連の裁判を担う裁判官を香港行政長官が指定できるようにすることや、中央政府が香港内に出先機関を設け香港当局と協力して治安維持に携わることなどが明らかになった。高度な自治を認める一国二制度の下で、これまで「言論の自由」を認めてきた香港にも、中国本土の価値観を適用していこうとする意図が明らかだ。

主要7カ国(G7)は、日本が主導する形で香港国家安全法について重大な懸念を示しており、中国は強い不満を表明した。その一方、HSBCホールディングス傘下の香港上海銀行やスタンダードチャータード銀行といった香港に軸足を置いて活動する英国企業が、母国政府の方針に反して香港国家安全法への「賛同」を表明している。HSBCには前香港行政トップが圧力をかけており、中国政府の方針への賛同を表明しなければ、香港での企業活動に支障を来しかねないと判断したとみられる。

国境を自由にまたいで情報をやりとりすることが価値そのものであるネットの世界で、情報を統制している中国と他国の間で軋轢(あつれき)が生じることはある意味で必然だ。さらに、新型コロナウイルス禍で各国が混乱する中で、中国の「戦狼外交」と呼ばれる核心的利益をかたくなに譲らない姿勢がますます強固になってきたこともあり、物理的な争いに発展するケースも出てきた。

6月15日夜、中国とインドの国境地帯では投石やこん棒などで両軍の兵士による小競り合いが発生した。インド側に20人以上の死者が出た。インドは中国側に40人以上の死者が出たと主張しているが、中国は認めていない。緊張が高まっていたことから6日に両軍司令官が会談し「平和的解決」で合意したとしていたが、わずか9日しか持たなかった。

インドでは中国への反発が強まっている=AP

インドでは中国への反発が強まっている=AP

インド国内では反中感情が高まっており、中国製品のボイコットや抗議活動が活発化している。台湾や南シナ海、尖閣諸島においても中国が自らの主張をこれまで以上に押し通そうとする姿勢が目につく。

新型コロナウイルスについての調査を呼びかけたオーストラリアには牛肉の輸入停止や大麦への追加関税、中国人に観光渡航をしないよう呼びかけるなど、依存度の高さを逆手にとった事実上の「経済制裁」を実施した。日本は近年、中国と良好な関係を保ってきたものの、前述のG7での呼びかけなど空気感に変化が生じており、延期となっている習国家主席の国賓来日のめども立っていない。

新型コロナをきっかけに鮮明になりつつある中国を取り巻く地政学的変化が経済活動にも影響を与える可能性が高まる中、企業にとってもそれを前提とした経営戦略の組み立てが必要になる。

(日経BP上海支局長 広岡延隆)

[日経ビジネス電子版 2020年6月23日の記事を再構成]

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