米中知財戦争、デジタル通信が焦点 米優位は10年か

2020/6/19 10:13
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日経クロステック

「米中知財戦争」ともいうべき主導権争いが、米中の対立が激化する中で起きている。米国が得意とする最先端技術である、医療技術とデジタル通信については安全保障も絡んで問題をさらに複雑にしている。

米国は、知財保護を中国に対して強く要請する。だが、最近の中国の技術進歩は、特許制度を順守した上で実現していると思われる。米国がこれ以上技術移転に強硬な姿勢をみせることは、最終的に「自分たちに追い付くな」と言っているに等しい。従って、特許制度の中では実現が難しい。また、技術特許を中心とするデジタル通信などの分野では、技術移転を完全に排除することは困難である。

同様の技術移転問題は、生産拠点を海外に移した多くの先進国企業にも起こり得る。世界経済の平和的発展のために、グローバルな技術移転ルールの取り決めが必要な時期にきている。

■特許の実力、米中に依然格差あり

特許出願件数では既に米国を抜き、中国は知財大国であることを強く印象付けている。中国の特許出願件数の増加は、当初は国による底上げ感があった。国による特許奨励策や大学・研究機関の出願増加が大きく寄与していたからだ。だが、昨今では民間企業の出願が主導して増加を続けている。民間における技術開発が急速に進んでいることがうかがえる。

特許出願件数(出願人国籍別)。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

特許出願件数(出願人国籍別)。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

ただし、特許の実力をみると米国と中国との間にはまだ大きな格差がある。その格差は、主に次の3点に表れている。[1]ストック件数[2]国際的な特許出願[3]注力する技術分野である。

[1]ストック件数

現在の力をみる上では、ストックとなる有効特許件数が重要だ。ストック件数でみると、米中の格差は縮まりつつあるとはいえ、まだ大きい。このまま伸びたとしても追い付くのに10年程度かかるだろう。

有効特許件数。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

有効特許件数。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

[2]国際的な特許出願

有力な技術を持てば、それを使って自国内にとどまらずグローバルで事業展開を目指すのが一般的だ。特許に規定される発明をグローバルに展開する場合、国際特許出願制度である「PCT出願」か、当該国に対する直接出願を行う。そのため、PCT出願件数と、直接出願における出願国を見ることで特許の価値を測れる。

PCT出願の件数をみると、米国の件数は中国の4倍以上となっており、国際的な特許出願という点では米国は中国に大きく差を付けている。

PCT出願件数の推移。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

PCT出願件数の推移。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

[3]注力する技術分野

特許の出願分野でも米国と中国には違いがある。特許を出願している技術分野のトップ3をみると、中国は1位こそコンピューターサイエンスだが、2位は電気機器で3位は計測と、技術的に成熟した分野の特許出願も多い。

これに対し、米国は1位がコンピューターサイエンス、2位が医療技術、3位がデジタル通信と、最先端技術がトップ3を占めている。しかも、これら3つを合計した構成比も24%と、中国のトップ3の構成比より6ポイント高い。米国は最先端技術開発へのリソースの傾斜配分を行っており、その結果が構成比の違いに表れているといえる。

米国の特許出願分野のトップ3。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

米国の特許出願分野のトップ3。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

中国の特許出願分野のトップ3。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

中国の特許出願分野のトップ3。世界知的所有権機関(WIPO) IP Statistics Data Centerのデータを基に正林国際特許商標事務所が作成

こうした格差をみる限り、米中の特許の質的格差は依然として大きい。ただ、特許の有効期間は20年、また最先端技術の優位性は10年程度にとどまることなどからみても、このまま中国の積極的な特許出願が続けば米国の地位を脅かすことは十分に考えられる。

特に、今回の米中貿易戦争で米国が問題視している技術分野が、特許出願分野で米国が優位に立つデジタル通信であることは興味深い。

■デジタル通信における米国の悩み

米国は諸外国を巻き込み、特に中国の通信技術の排除に必死になっている。だが、米国が望むような中国排除の主張を通すことは、以下の2点から難しいと考えられる。

(1)技術特許に関して修正による特許を排除することは困難

物質そのものの発明に関する物質特許とは異なり、コンピューターテクノロジーやデジタル通信の特許の多くは技術特許であり、規定された技術を修正してもほぼ同一の効果をもたらすことができるものが多い。特許は、内容が完全に公開されてしまうため、特許を取得することが競合企業にヒントを与えてしまうという面が、ことさらコンピューターテクノロジーやデジタル通信にはある。

その修正が新規性をもてば特許として認められることは特許の本質であり、米国の主張とは違って、技術が盗まれたわけではない。むしろ、この技術分野における特許の原則ともいえる。

(2)国外生産拠点からの技術移転を排除することは困難

発明のアイデアの多くは生産現場から生まれる。ところが、米国の企業の多くは生産拠点を海外に移転しており、その一大拠点が中国である。巨大な消費地である中国において生産を続ける限り、技術流出を免れない。

日米貿易摩擦の時代とは異なり、今や米中は世界経済の両巨頭となり、市場喪失への懸念を背景とした問題解決は難しい状態となっている。また、今後、生産拠点を海外に移した多くの先進国企業にとって、同様の技術移転問題は起こり得るものである。今後の世界経済の平和的発展のためには、グローバルな技術移転ルールの取り決めが必要だ。

三浦毅司(みうら・たかし)
日本知財総合研究所代表取締役、正林国際特許商標事務所証券アナリスト
大手都市銀行、外資系証券会社アナリスト勤務を経て、2018年2月、正林国際特許商標事務所入所、知財の情報発信を手掛ける。19年11月、日本知財総合研究所設立、代表取締役に就任。

[日経クロステック 2020年6月18日掲載]

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