ライオンの副業人材公募、脱「カイシャ」に一石
グロービス経営大学院教授が「キャリアアンカー」で解説

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2020/6/19 2:00
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ライオンの掬川正純社長

ライオンの掬川正純社長

先日、ライオンが副業人材を公募したことが話題になりました。社員の副業を認める企業は増えているものの、大企業が外部から副業人材を募集するのは珍しい試みです。こうした動きは、新型コロナウイルス対策としてリモート勤務が普及したことが影響しています。社員は通勤や移動時間を削減できるので、その時間を他の用途に充てることができます。また、オフィスに拘束されないため、日中に別の予定を挟むことも可能です。では、副業の広まりは会社員のキャリアにどのような影響を与えるのでしょうか。グロービス経営大学院の金子浩明教授が、「キャリア・アンカー」の観点で解説します。

【解説ポイント】
・副業は個人の職業観を満たす可能性
・企業側も自社にない能力獲得のチャンス
・日本独特の共同体「カイシャ」が課題に

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■生涯変わらない職業観とは

キャリアの選択に影響を与えるものには、運や偶然、金銭や社会的な地位の魅力、自分の内面的な価値観があります。このうち、自分の内面に根ざしたものを「キャリア・アンカー(Anchor=船のイカリ)」と言います。キャリア・アンカーとは「仕事が変わっても、会社が移っても、どこでどのような仕事をしようとも、どうしてもこれだけは犠牲にしたくないほど大切にしているもの」です。ちなみに、キャリア・アンカーは生涯を通じて変わりません。

キャリア・アンカーの考えを提唱した組織心理学者のエドガー・シャインは、キャリア・アンカーを8つに分けて提示しています。

それは(1)専門・職能別能力、(2)経営管理能力、(3)自律・独立、(4)保障・安定、(5)起業家的創造性、(6)純粋な挑戦、(7)奉仕・社会貢献、(8)生活様式――です。

各人のキャリア・アンカーはひとつです。なぜなら、究極的に譲れないものがキャリア・アンカーだからです。みなさんは、いまの仕事を通じて内面的な満足を得られているでしょうか。それは社会的、経済的な成功とは別のものです。もし得られていないとしたら、仕事とキャリア・アンカーとの間に矛盾が生じている可能性があります。この状況を続けていると、仕事をするのが苦しくなります。

副業制度は、こうした状況を部分的に解決してくれる可能性を秘めています。例えば、起業家的創造性を生かしたいのに、それをいまの職場で求められていない場合、副業でキャリア・アンカーとして追求する道を模索できます。

■副業制度は会社にもメリット

では、会社にとってのメリットは何でしょうか。ライオンが募集する副業人材は「新規事業の立ち上げにたけた人材」です。キャリア・アンカーだと、(5)起業家的創造性の持ち主がその典型でしょう。そうした人材の多くは大企業の会社員になるという選択はしないので、大企業にとって欲しい人材です。

ただし、外部に専門家がいる場合は業務を発注すれば済みます。例えば、弁護士や会計士、各種のコンサルタントなどです。しかし、事業を立ち上げた経験を豊富に持つ人材は、大企業の新規事業部門やベンチャーに在席していることが多く、外部から雇用することが難しいのです。だからこそ副業人材の募集が有効になります。企業が副業を促進するメリットのひとつは、自社に不足している能力の獲得です。

もうひとつのメリットは、社員の不満軽減です。先ほど、会社が社員一人ひとりに対して、それぞれのキャリア・アンカーを満たす仕事を与えることは容易ではないと述べました。しかし、副業で内面的な満足が得られたとしたら、本業にそれを多く求めなくなるかもしれません。

キャリアには「内的なキャリア」と「外的なキャリア」があります。内的なキャリアはキャリア・アンカーに基づくキャリアです。外的なキャリアは、地位や名誉、経済的な成功です。個人の幸せは、内的なキャリアの充実だけでは決まりません。例えば、全く売れない芸術家をイメージすれば分かります。内的なキャリアは充実していますが、外的には充実していません。生活に困窮して健康を害していたら、その状況を幸せとはいえないでしょう。

副業が普及すれば、内的キャリアは副業で、外的キャリアは本業で満たすという選択肢が生まれます。あるいは、その逆もあり得ます。どちらも本業への不満を軽減することにつながります。

副業が普及すれば、個人の自律的なキャリア選択を促す流れにつながる

副業が普及すれば、個人の自律的なキャリア選択を促す流れにつながる

このように、会社と社員の双方にメリットがあるならば、副業は推進されるはずです。しかし、現実的には副業を積極的に推進している企業は少ないです。副業を積極的に推進している企業は4.4%、認めている企業は26.5%、禁止している企業は69.1%です(2019年度、リクルートキャリア調べ)。副業を認める企業は増えているものの、依然として多くの企業は禁止しています。

双方にメリットがあるはずなのに、なぜ禁止する企業は多いのでしょうか。

■日本的「カイシャ」システムの壁

副業を禁止する企業が多いのは日本企業が「共同体」的だからかもしれません。共同体とは、地縁や血縁、友情で深く結びついた自然発生的な集団です。その典型は村落共同体、血縁共同体、宗教共同体です。

この定義にあてはめると、企業は共同体ではありません。企業は「機能集団」です。機能集団とは、特定の目的を達成するための集団です。野球のメジャーリーグや欧州サッカーリーグなどをイメージすると分かりやすいと思います。企業の場合、目的は利益の最大化や企業価値の最大化、そのための企業ビジョンの実現です。そうであれば、社員が副業しても、報酬に見合う貢献さえしてくれたら何も問題がないはずです。

しかし、共同体の論理は異なります。村八分という言葉があるように、特定の村落共同体に属している人は他の村に同時に所属することができません。地縁がないので移籍もできません。だから村八分がこわいのです。また、村の名誉を汚さない限り終身雇用であり、年功序列です。年長者が敬われます。

評論家の小室直樹氏は、歴史的に日本の共同体は「共働共同体」であり(欧州は宗教共同体、中国は血縁共同体)、それが現代の会社に引き継がれていると指摘しています。日本企業が共同体的であれば、副業を禁止する理由も分かります。このように、日本固有の「カイシャ」システムは、根が深いのです。

とはいえ、共同体的な日本のカイシャシステムは、昭和時代の経済発展を支えました。しかし、いまや制度疲労が顕著です。たかが副業と侮るなかれ、副業が普及すれば、日本の「カイシャ」システムが変わるかもしれません。そして、それは個人の自律的なキャリア選択を促すことになるでしょう。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「キャリア・アンカー」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/8e91bde1(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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