「客来ない」葛藤 コロナ契機、50代のIT挑戦

Answers
コラム(社会・くらし)
2020/6/13 2:00 (2020/6/14 8:41更新)
保存
共有
印刷
その他

IT業界への転職を視野に、スマホでプログラミングの勉強をする男性(東京都内)

IT業界への転職を視野に、スマホでプログラミングの勉強をする男性(東京都内)

「きょうもお客さん、入らなかったな……」。飲み屋がひしめく東京都心の繁華街。複数の店を展開する居酒屋の一店で焼き場に立つ斉藤裕樹さん(仮名、52)はこのところ、妻と小学生の息子が待つ自宅へ重い足を引きずる毎日だ。

新型コロナウイルスの影響で店は4月をほぼ棒に振った。5月の連休明けに再開したものの、緊急事態宣言が解けても客足は鈍く、1日5組に満たない日もある。社員の間では「会社が希望退職を募るらしい」といったうわさが飛び交う。宅配サービスのウーバーイーツも導入したが、出口は見えない。

斉藤さんは今、通勤や休憩の時間に、ひたすらスマートフォンの画面に指をすべらせる。コロナのニュースやSNS(交流サイト)ではない。4月から独学で始めたオンラインのプログラミング学習アプリだ。

学んでいるのはウェブページ作成やビッグデータなどの関連で使われる言語だ。休日も4時間にわたり、家族とのだんらんの合間をぬって画面に向き合う。

半年かけて知識を蓄えIT(情報技術)業界に転じる――。斉藤さんが抱くシナリオだ。たとえ今回は持ちこたえても、感染の「第2波」が来たらどうなるか。飲食で新たな働き口を見つけるのは難しいかもしれない。備えを進めるのに早すぎることはない。

子どもができてからは収入が安定する雇われの身となったが、かつては東京近郊などで自ら店を営んでいた。

実家は祖母が興した料亭。父もそこで働く料理人だった。物心ついたころから、目の前で慌ただしく動き回る板場の職人や仲居さんの姿をみてきた。だが高校を出るときに京都の料亭へ跡継ぎ修業に行くよう言われ、反発。あえて外食から遠い外車のディーラーに就職した。「親の敷いたレールに従うのが嫌で。若かった」

それでも20代半ばになると自分で商売を始めたくなり、ほぼ未経験で都内の焼鳥店に飛び込んだ。半年間の下積み生活で一から基礎をたたき込んでもらった。

その後は開業にこぎ着け、良い時も悪い時も駆け抜けてきた。店を経営しながらスクールに通いソムリエ資格を取得、ワインと合う料理を追求して繁盛させるなど、嗅覚で道を切りひらいてきた自負がある。リーマン・ショックや東日本大震災の客数減も乗り越えてきた。だが「今回のコロナは違う」。斉藤さんはそう感じている。

「お客さんに来てもらわないと売り上げが上がらない。だけど来てもらうことで、クラスター(感染者集団)発生のリスクもある。矛盾とのせめぎ合いになっている」

ITを志すのは、宅配や教育、医療などコロナ下で暮らしを支えるあらゆるサービスと結びついていると痛感するからだ。学習につまずきそうになっても、SNSで疑問をつぶやくと、見ず知らずなのに教えてくれる人がいる。独学でもやりづらさはない。

新たな業界に飛び込んで何をしたいのか。すぐに浮かぶのは、思えば自分の人生で長い時間、すぐそばにあった飲食の世界への貢献だ。

仕入れや集客予測、従業員の勤怠管理など現場が抱える悩みは多岐にわたる。コロナの影響もまだまだ長引くだろう。「店側の問題解決につながるようなウェブサービスを作りたい」。おぼろげながら未来図を描き始めている。

文 村田篤史

写真 中岡詩保子

■新型コロナでキャリア意識にも変化

 新型コロナウイルスの問題が広がったのを機に、キャリアを見つめ直そうとする人は少なくない。転職サービスのビズリーチ(東京)が4月下旬に行った会員アンケートでは、回答した約500人の55.7%がキャリア観に何らかの「変化があった」と答えた。

 同社の会員は30~40代のビジネスパーソンが多い。転職についても「意欲が高まった」(45.6%)、「検討するようになった」(11.1%)と、前向きな意見が合わせて半数を超えた。在宅勤務となり、自身の働き方について考える時間が増えたことを理由に挙げる声も目立った。
 転職の際に重視する条件にも変化がみられた。給与や業務内容だけでなく「在宅勤務の対応や、社内のIT化を挙げる人が増えている」(同社)という。
保存
共有
印刷
その他

連載「Answers」から

電子版トップ



[PR]