ホンダ襲ったのは国家か犯罪者か 新たなサイバー脅威

日経ビジネス
2020/6/15 2:00
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サイバー攻撃によりホンダは国内外で影響を受けた(18年3月、米オハイオ州の工場)

サイバー攻撃によりホンダは国内外で影響を受けた(18年3月、米オハイオ州の工場)

日経ビジネス電子版

ホンダは6月8日に受けたサイバー攻撃により国内外の工場で生産や出荷の中止を余儀なくされた。11日14時時点(日本時間)でも依然として米国とブラジルの計2工場で四輪車や二輪車の生産が止まったままだ。米国の工場は現地時間で11日中に生産を再開できそうだが、ブラジルの工場は再開のメドが立っていない。

ホンダに大打撃をもたらした攻撃の実行者はまだ判明していない。それでも状況証拠から民間のサイバー犯罪者だった可能性が浮上している。工場などの産業機器を標的にするのは国家が運用するサイバー部隊であり、民間のサイバー犯罪者は手を出さないというこれまでの常識を覆す騒動となるかもしれない。

ホンダは今回感染したコンピューターウイルスの種類を明らかにしていないが、攻撃に使われたと思われるウイルスを入手・分析した複数の情報セキュリティー専門家は「EKANS(イーカンズ)」の可能性を指摘する。

EKANSの存在が初めて確認されたのは2020年1月だ。通常のウイルスはオフィスなどの情報システムを標的にしているのに対して、EKANSは工場や発電所、石油化学プラントなど使われる産業制御システムを標的にしているのが特徴である。ファナックや米ゼネラル・エレクトリック(GE)、米ハネウェルなどの産業制御システムに不具合を引き起こす能力を備える。ホンダは「産業制御システムへの影響は確認できていない」(広報担当者)としているが、生産をストップさせることができたのは確かだ。

産業制御システムを標的にしたウイルスで最も有名なのは10年から世に知られるようになった「スタックスネット」だろう。イランにある核開発施設のシステムに入り込み、ウラン濃縮装置を壊すことに成功した。イランの核開発を遅らせようとした米国とイスラエル軍のサイバー部隊の共同作戦だったとされる。15年末と16年末にはウクライナの電力システムが相次いでサイバー攻撃を受け、広範囲で停電が発生した。敵対するロシアが運用するサイバー部隊の仕業だったとみられている。

このように産業制御システムを標的にしたウイルスは、国家のサイバー部隊が破壊工作を目的に開発・運用するのが一般的だった。これに対して今回ホンダに使用されたとみられるEKANSは金銭の窃取を目的にしている。感染するとパソコンやサーバー内のデータが破壊され、元に戻す見返りに金銭を要求するメッセージが画面に現れる。その振る舞いから「ランサム(身代金)ウエア」と呼ばれるタイプのウイルスだ。

サイバー攻撃を外貨獲得の手段と位置づけているとされる北朝鮮などを除き、まっとうな国家がランサムウエアを使って企業から金銭をせしめようとするとは考えにくい。EKANSは民間のサイバー犯罪者が開発・運用していることを示唆する。もしそうだとすれば、ホンダに対する今回の攻撃は、サイバー犯罪者が産業制御システム向けのウイルスを使用し、大打撃を与えることに成功した先駆的な事例となる(なお、先述したようにホンダはコンピューターウイルスの種類を明らかにしておらず、「身代金」要求の有無などについても言及していない)。

工場の生産が1日ストップするだけで、企業は巨額の損失を被る。その分、身代金を支払ってでも生産を再開したがるはず。そんな皮算用がサイバー犯罪者を突き動かしたのかもしれない。

■「パンドラの箱」から放たれたサイバー犯罪者

1回の画期的なサイバー攻撃が、新たな攻撃のトレンドを生み出すことがある。人々に「その手があったか」との気づきを与え、追随者が現れるのである。例えばスタックスネットの一件は、産業制御システムに対するサイバー攻撃という、禁断の領域を各国のサイバー部隊に示す形となった。

今回ホンダが受けた大打撃は、国家のみならず、サイバー犯罪者たちまでも産業制御システムの領域に足を踏み入れるきっかけとなった騒動として記憶されることになるかもしれない。「パンドラの箱」が開かれ、工場に対するサイバー攻撃の頻度が今後高まる恐れがある。

なお国家のサイバー部隊がサイバー犯罪者を装うためにあえてランサムウエアを使って破壊工作を仕掛けている可能性も否定できない。いずれにしろ各社はホンダの二の舞いにならないためにも、オフィスの情報システムと並行して、工場の産業制御システムの防御にも一層力を入れねばならなくなった。

(日経ビジネス 吉野次郎)

[日経ビジネス電子版2020年6月11日の記事を再構成]

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