舞踊団「Noism」芸術監督・金森穣氏 芸術を支える「公」とは

2020/6/8 15:51
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17歳で単身でスイスへ飛んだ青年は2004年、日本で初めての公立劇場専属の舞踊団を立ち上げる。新潟市民芸術文化会館「りゅーとぴあ」に所属する「Noism Company Niigata」(Noism=ノイズム)の芸術監督、金森穣氏だ。彼の欧州での10年間の体験とノイズムでの16年の活動は、新型コロナウイルスで苦境に立つ日本の芸術のこれからのあり方の一つを示している。

ノイズムの金森穣芸術監督

17歳の金森氏は天才振付家として知られる故モーリス・ベジャール氏の学校の門をたたいた。生活、言語、文化、芸術観も全て日本と違う。「それまでの自分をすべて忘れ、一度死んだつもりになった」という2年間の修業で、舞踊家の生き方を学んだ。

卒業後はハーグの「家族的」なダンスカンパニーに所属。その後は不要な舞踊家はすぐにクビにするという「独裁的」な芸術監督がいるリヨン、逆に舞踊家が監督をクビにする「福祉的」なヨーテボリと経験を重ねる。国、都市、個人の違いが生む強烈な個性に各地で遭遇し、それが芸術に重要なことを実感した。

新しく身につけた価値観を通して母国を見ると、漠然とした違和感を覚えていた。02年に東京で活動を始めると、すぐに商業主義という現実に直面する。個性でも技術でもなく名前が重要。集客できる名前がお金になる。違和感の正体は見えつつあったが、「自分が思う活動もできずにあがいていた」。

もう欧州へ帰ろうと考えていた時、訪れたりゅーとぴあで舞踊部門の芸術監督への就任要請を受けた。金森氏はノイズムを立ち上げるという構想を逆提案。行政の関係者の理解を得て設立が決まった。日本のダンスや芸術の歴史が一つ変わった瞬間だ。

それから16年。劇場や行政への要求と彼らからの要求を擦り合わせるギリギリの交渉を繰り返してきた。ノイズムは着実に成果を出してきたが、内部では幾度も危機に直面。19年には前年の市長交代に伴う存廃論が表面化した。「なぜ、行政や公立劇場が芸術団体を抱えるのか」。欧州では説明がいらないような議論だが、新潟では賛否が渦巻いた。

新型コロナで国内の芸術活動は危機的状況にある。金森氏は政治家が芸術を救う姿勢を強く見せる欧州に対して、日本では多くの芸術家が悲鳴をあげている状況を改めて考える。ノイズムは劇場や専用のけいこ場があり、生活も安定している。メンバーには今でも芸術活動に集中しやすい環境がある。

これまで「東京ではなく、よく新潟で活動が続いているね」と言われることが多かった。逆に今はノイズムがうらやましいと声をかけられる。「我々がこれまで何と闘い、何が大切だと言い続けてきたか。今回のことで少しは分かってもらえるかもしれない」。ただ、その「何」を尋ねても答えは返ってこない。「我々を見て判断してほしい」と言っているようだった。

(松添亮甫)

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