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適材適所の大リーグ 監督・イチローは誕生するのか
スポーツライター 丹羽政善

2020/6/8 3:00
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大リーグ通算3000本安打を放ったイチロー(2016年8月)。野球殿堂入りは確実といわれるが将来の監督就任は否定している=共同

大リーグ通算3000本安打を放ったイチロー(2016年8月)。野球殿堂入りは確実といわれるが将来の監督就任は否定している=共同

「監督、絶対、無理っすよ。これは絶対がつきますよ。人望がないですよ、僕」

昨年3月の引退会見。今後を問われたイチロー(現マリナーズ会長付特別補佐)は、将来監督になる可能性をきっぱり否定した。

「無理っすね。それぐらいの判断能力は備えているので」

望むなら、大リーグ初の日本人監督になることもできるかもしれないが、本人にその気がないよう。

どんな野球をするのか見てみたい気もするがーー。

話は変わるが、先日までアメリカでは、「ラストダンス」という、米プロバスケットボールNBAで活躍したマイケル・ジョーダンの最後のシーズンを軸に彼のキャリアをたどるシリーズ構成のドキュメンタリーが放送されていた。

ジョーダンの存在は、筆者が渡米したきっかけの一つでもあり、ジョーダンに率いられたブルズは1991年から93年までと96年から98年まで、2度のNBAファイナル3連覇を達成しているが、後半の3連覇はいずれも現場で取材することができた。インディアナ州に住んでいたときには、何度シカゴまで、車で通ったことか。

シリーズ前半では、彼がカリスマと呼ばれるアスリートになっていく過程が描かれているが、そこには2つのターニングポイントがあった。

まず彼の名前は、大学1年のときに出場した1982年の大学バスケットボール選手権のファイナルで決勝シュートを沈めたときに広まった。2年後に大学を中退したジョーダンはドラフト1位(全体3位)でブルズに指名される。もっともこのとき、「大学では通用しても、NBAでは通用しない」という声が、少なくなかった。

番組の中でも、ニックスなどで活躍し、ジョーダンがNBAに入ったときには解説者だったウォルト・フレイザーが、「身長が7フィート(約2メートル13センチ)あるわけではないし、彼一人でチームを背負うことはできない」と否定的に話したり、ジャズのビッグマンだったマーク・イートンが「NBAでは、一人で何かできるわけではない」とコメントしたりする当時の映像が使われている。

実際、シカゴのファンもデビュー前から、ジョーダンの入団に浮かれたわけではない。開幕戦こそ1万3913人の客が入ったが、それでも7割ちょっとの入り。その後は、1万人を切る試合も珍しくなかった。

■イチローとジョーダンの共通点

ジョーダンも当時のことを、こう証言している。

「自分の力を証明しなければならないと感じていた」

そういう中で、「空気が変わり始めた」と本人が述懐したのは、キャリア3試合目のこと。

相手は格上のバックス。第4クオーター(Q)を9点リードされて迎えたとき、チームにはあきらめムードが漂っていた。しかしその第4Qでジョーダンが次々に得点を決めてチームを逆転に導くと、徐々にファンがアリーナに足を運ぶようになり、その後の熱狂が始まった。

振り返れば、イチローも似たような過程をたどっている。

日本で7年連続首位打者を獲得するなど、日本プロ野球史上最高のバットマンとの触れ込みで海を渡ったイチローだったが、キャンプでは「通用するのか」といった懐疑的な見方が多かった。本人も引退会見でこう言っている。

「最初は厳しかったですよ。最初の2001年のキャンプなんかは『日本に帰れ』って、しょっちゅう言われましたよ」

米プロバスケットボールNBAのブルズで活躍したマイケル・ジョーダンも指導者になることはなかった=ロイター

米プロバスケットボールNBAのブルズで活躍したマイケル・ジョーダンも指導者になることはなかった=ロイター

ジョーダンの大学時代の実績と同じように、日本時代の実績など相手にされなかったのである。

ところが、開幕戦の4打席目で初ヒットを放ち、同点で迎えた八回。無死一塁で完璧なバントを一塁線に転がし、さらにイチローの足に慌てた投手の悪送球を誘うと、無死二、三塁とチャンスが広がり、マリナーズがそこから逆転勝ち。直後の遠征で決勝本塁打、後にレーザービームとして語り継がれる捕殺などを披露すると、本拠地に戻ってきたときにはもう、イチローに対する視線はもはや、キャンプのときのものではなかった。

ジョーダンしかり、イチローしかり、カリスマはかくして生まれるということか。

そのジョーダンは今、NBAシャーロット・ホーネッツのオーナーとなっている。彼もまた、指導者になることはなかった。おそらく今後も、ヘッドコーチになることはないだろう。

■近年、殿堂入り選手の監督はまれ

イチローの場合、まだ引退したばかりであり、今後、絶対に監督にはならないと断言もできないが、仮に大リーグの監督になるとすれば、野球殿堂入りするような選手がその道に進むことは、日本人初うんぬんに関係なく、極めて異例だ。

過去、野球殿堂入りした選手(2020年現在235人)の中で、監督を務めたのは63人。約26.8%が多いかどうかだが、1981年以降に誕生した新監督はトニー・ペレス(1993、2001)、ライン・サンドバーグ(2013~15)、ポール・モリター(2015~18)の3人しかいない。

新監督になった年を調べると、51人が1950年までで、実に8割を超える。彼らには、ほとんどが選手兼任という共通項もあり、その関係をまとめたのが以下のグラフだが、この頃までは、実に線引きが曖昧だった。

(注)グラフは筆者調べ

(注)グラフは筆者調べ

兼任監督そのものは、ピート・ローズ(1984~86)を最後に絶滅したが、ではなぜ、野球殿堂入り選手が監督になるケースが激減したのか。

成績が伴わなかったのでは? と捉えられがちだが、今回調べてみると、名選手、名監督にあらず、というほどでもなかった。

野球殿堂入り選手が、兼任、あるいは専任監督としてワールドシリーズを制したのは11回。メジャーで通算1000勝以上している監督は64人だが、その内の8人が彼らなのである。また、彼らの通算勝率は、2万3538勝2万2413敗で、5割1分2厘だ。

ただ、記録がことごとく古いのは事実。ワールドシリーズ制覇にしても、ボブ・レモンが1978年にシーズン途中からヤンキースを率いて勝ったのが最後で、8回は第2次世界大戦前の話だ。

もちろん、それだけでは説得力を持たず、ツインズを率いたポール・モリターは、2017年にア・リーグの最優秀監督に選ばれている。よってアメリカでも納得のいく説明は少ないが、いろいろ調べていると、2014年5月に米3大ネットワークの一つNBCの電子版が、「テッド・ウィリアムズが、ターニングポイントになったのでは」という仮説を紹介していた。

1969年にワシントン・セネターズ(現レンジャーズ)の監督に就任した最後の4割打者ウィリアムズは、1年目から86勝76敗と1961年に移転に伴う球団拡張で生まれた弱小チームを初の勝ち越しに導くと、ア・リーグの最優秀監督にも選ばれた。だが、その後3年間は結果を残せず、テキサスに移転した1972年に100敗を喫すると、ユニホームを脱いでいる。

同じ頃、代わって注目されたのがオリオールズを率いたアール・ウィーバー。彼は1968年のシーズン途中から監督に就任すると、69年は109勝を挙げてア・リーグ制覇。70年はワールドシリーズを制し、71年は101勝で3年連続のワールドシリーズ出場を果たしている。ウィーバーは大リーグでプレーした経験すらなかったが、以来、適材適所の考えが浸透していったのでは――、とNBCは当時の空気を読み解く。

1970年からレッズを率い、75年と76年にワールドシリーズ連覇を成し遂げたスパーキー・アンダーソンもメジャー経験はたった1年である。

その頃を起点として選手としての能力と監督としての能力は別という考えが定着するようになると、もはやその固定観念を打ち破るのは容易ではなくなっていったか。そういうところは徹底している。

ヤンキースのデレク・ジーター(左)も引退後はマーリンズの最高経営責任者となった=AP

ヤンキースのデレク・ジーター(左)も引退後はマーリンズの最高経営責任者となった=AP

もっとも今の時代、監督になりたい名選手はおそらく少ない。もはや、大幅に権限をそがれ、ゼネラルマネジャー(GM)の指示通りに指揮をとるだけ。打順さえ自由に決められない監督もいる。仮にその名選手に自分が追求してみたい野球があったとしても、それがどこまで認められるのか。GMらにしても名選手が監督では扱いにくく、避けがちだ。

■監督では体現したい野球ができない

突き詰めるとその傾向は、イチローが引退会見で口にした「2001年に僕がアメリカに行ってから、この2019年、現在の野球は全く違う野球になりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつある」という話に通じるものもある。

ジョーダンが1998年に引退したのは(2001年に復帰)、6回の優勝をともに成し遂げたフィル・ジャクソンというヘッドコーチが、半ば辞めさせられたことへの抗議も込められていた。そのとき、ヘッドコーチの限界を知ったはずだ。

引退後、マーリンズの最高経営責任者となったデレク・ジーターも知っていたのだろう。どのポジションに就けば、制約を受けないかを。

体現したい野球があるならば、監督ではそれができない――。

そのことをイチローも悟ってしまっているのだとしたら、やはり、彼が監督として現場に戻ることはないのかもしれない。

イチローフィールド 野球を超えた人生哲学

出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,650円 (税込み)

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