42歳で乳がん発症 10年先の未来目指して迎えた愛犬

「ダンクは私が家にいるときはずーっと後をついてきます。トイレの中まで追いかけてきますよ」。その言葉通り、土屋美樹さんがキッチンのほうへ移動するとトコトコ、リビングに戻ってくればまたトコトコ。椅子に座って話し始めると、安心したように足元にうずくまります。しばらくすると、そのまま顔を床に突っ伏してスヤスヤ……。こ、これはもしや「ごめん寝」というやつでは!?
パグと一緒に一軒家で共同生活
女性のためのキャリアの学校「はぴきゃりアカデミー」を運営するはぴきゃり取締役の土屋さんの愛犬はダンクくん、6歳のパグです。土屋さんは、2019年から長年のビジネスパートナーである代表取締役の金沢悦子さん一家と一軒家を借りて一緒に暮らしています。ここでは土屋さんが講師を務める講座が開かれることもあり、家で仕事をする機会が増えたことで、以前よりもダンクくんと一緒に過ごせるようになりました。日当たりの良いリビングの前には庭もあり、ダンクくんにとっては格好の遊び場になっています。
実家では柴犬(しばいぬ)を飼っていたという土屋さん。一人暮らしを始めてから迎えた犬はダンクくんが2匹目で、初めて飼ったのは、1年前に14歳で天国へ旅立ったルークくんという黒のパグです。ずっと犬と暮らしたいと思っていた土屋さんが、ペット可のマンションに引っ越して念願かなって迎えた子でした。
ダンクくんが家族に加わることになった経緯を振り返ると、始まりは8年前、土屋さんが42歳のときに乳がんを発症したことでした。



「実はがんに気づくきっかけをくれたのはルークなんです。あるときから、一緒に寝ていると私の右脇のあたりばかりをなめるようになったんですね。左側に寝かせても、右側に移動してなめ続ける。何だろうと思っているうちに、右肩がつるような感じを覚えて、それからはやけに乳がんの情報が目に入るようになりました」
雑誌が床に落ちてぱらっと開いたのがピンクリボンのページだったり、夜中にふと目が覚めてテレビをつけたら映画『余命1ケ月の花嫁』をやっていたり。あまりに気になって病院に行くと、乳がんが見つかりました。ステージ3に入り、脇にも転移していました。
土屋さんいわく、「自分は仮想敵や越えたい壁みたいなものが見つかると燃えるタイプ」。乳がんに対しても、ショックを受けるよりも「とにかく結果が出るまでやれることを全部やるぞ」と意気込む気持ちのほうが大きかったそうです。

乳がん治療後の目標に、もう1匹迎えることを決意
手術に伴う入院は11日間。担当する講座は事前に調整したので仕事を休むこともなかったそうですが、手術前に通院で受けた抗がん剤治療では毎回、骨髄抑制といわれる副作用が出る時期には家でじっとしていなければいけませんでした。そんなとき、一人暮らしの土屋さんにとって大きな慰めになったのがルークくんです。「私が寝ていると大体頭の上や肩口にくっついていたので、だるいときにルークをなでながら過ごせたことはありがたかったです」
一通り治療を終えたとき、土屋さんはもう1匹、犬を迎えることを考えます。「当時ルークがもう10歳になる段階だったので、この子がいなくなったら自分の精神状態はまずいことになるのではと思ったのが1つ。あともう1つは、今後5年、10年生きていくという覚悟を持つに当たって、これから飼う子を見送るまでは頑張らないと、という気持ちになっていいかなと思いました」

老齢に差し掛かったルークくんにとって子犬との同居は負担が大きいだろうと、あえて成犬を探した土屋さん。そこで出会ったのが、1歳になっていたダンクくんでした。ルークくんを連れてブリーダーのところへ顔合わせに行くと、相性も悪くなさそうな様子。「一緒に遊ばせてみると、ダンクはすごく下手(したて)に出る感じで、『あ、これはルークをいたわれる子だな』と思ったんです。でも今思うと、ダンクにだまされたかもしれません(笑)」

しょっちゅう小競り合い、でも土屋さんの留守中は…
というのもダンクくん、実際に暮らしてみると実はとっても甘えん坊のかまってちゃんであることが発覚。「ルークはひとりでマイペースに過ごすのが好きな性格。寝ているところにダンクが駆け寄って拒絶されて、みたいな小競り合いはしょっちゅうでした。食事のときもダンクはルークのご飯を横取りしようとするんですよ。それでまず先にルークに食べさせてダンクは待たせることにしたのですが、ルークが食べているご飯がぽろっと落ちたりすると、ダンクが必死で取ろうと近づくんです。それにルークが怒って。もう大変です」
そんなふうにもめることも多い2匹でしたが、土屋さんが留守中の様子が見られるペットカメラには、ぴったりくっついて過ごす様子が。「別々のベッドがあるのにわざわざ一緒に寝ていたりするんですよね。そういうのを見ると、2匹になってよかったなと安心しました」
ルークくんとのお別れは今のシェアハウスに引っ越してきてわずか3カ月後。体調を崩してからあっという間のことでしたが、家でみとることができました。「ルークがいなくなった直後、ダンクはルークが寝ていたベッドにずっといたりしてちょっと不安定になっていたので、なるべく離れないようにしていました」。そう話す土屋さんにとっても、ダンクくんがいてくれたことが心の支えになりました。
「以前ルークが尿路結石症になって以降、ルークとダンクに手作りのごはんをあげることが多くなっていたのですが、ルークがいなくなった後も、つい2匹分作ってしまっていたんですね。誰も食べてくれる子がいなかったらたぶん激しく落ち込んだと思いますが、ダンクのおかげでそうならずに済みました」
●お気に入りの時間



お互いに「子ども」の面倒を見てもらえる安心感
土屋さんの乳がんの経過は良好で、今はダンクくん、そして金沢さんと小4の息子さんと毎日にぎやかに暮らしています。「私たち、『拡大家族』って言っているんですよ。もともと以前から近くに住んでいて、夕飯を一緒に食べたり夏休みにみんなで旅行に行ったりしていたので、そんなに生活が変わった感じはないんです。ただ、今は金沢が出掛けているときは彼女の息子と一緒にいるし、逆に私が出張のときはダンクの面倒を見てもらえるようになりました」
生まれたときから知っている金沢さんの息子さんには「つっちー」と呼ばれ、二人で一緒に映画に行くこともあれば、家では「ドタバタするなー!」と叱ったりもするそう。そして食べるのが遅いと、兄弟のように遊んだり張り合ったりしているダンクくんを引き合いに出して、「のんびり食べていると、ダンクのご飯が始まっちゃうよ~」とはっぱをかけます。血縁にとらわれず、深い絆で結ばれた人と動物が、一つ屋根の下で助け合いながら生活を共にしています。
「ルークがいなくなって寂しがっていたダンクも今や『オレ様天国』。私や金沢のところへ行っては、背中を向けて『マッサージしてくれ』って要求するんです。癒やし犬じゃなくて、自分が癒やされたい『癒やされ犬』なんだよね」。そう言ってからっと笑う土屋さんの視線の先には、きょとんとした顔のダンクくん。ふたりの間には、愛情いっぱいの幸せな空気が流れていました。
ダンクくんのごちそう【納豆&馬肉ミンチ】



土屋さんがダンクくんに用意する手作りご飯は、しいたけの軸や葉野菜の根元などをみじん切りにして、ご飯と混ぜておじやにしたもの。塩分を抑えるため、塩ではなく「茅乃舎」のだしパックで味付けします(グルメ!)。そこに時折トッピングするのが、納豆と生の馬肉ミンチです。「火が入った食べ物だと酵素が取れなくなるので、何を加えようかと考えてこの2つに。鼻が短い犬種は熱中症になりやすいので、馬肉は夏場に体を冷やすのにもちょうどいいんです」。この日は撮影のため、納豆と馬肉をいっぺんに載せた豪華版ご飯が登場。音を立てて豪快に食べるダンクくんの喜びぶりといったら! 「なんかさあ、普段ご飯もらってないみたいにがつがつ食べるのやめなさいよね」と笑う土屋さんなのでした。
(取材・文 谷口絵美=日経ARIA編集部、写真 鈴木愛子)
[日経ARIA 2020年2月21日付の掲載記事を基に再構成]
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