学術誌の論文もピンキリ 栄養疫学の知見、どう生かす
ケンブリッジ大学 医学部上級研究員 今村文昭(最終回)

◇ ◇ ◇
「日本食」についてもう少しだけ考えよう。
現時点では、「日本由来の研究で強いエビデンス」がないのであまりはっきりしたことは言えないという結論だが、それでもほかの情報などと総合して、なんとか言いうることというのははたしてあるのだろうか。

今村さんは、ちょっと沈思黙考してからこう切り出した。
「……そうですね。 たとえば日本でも蕎麦やうどんの文化の分布があるように、地域によって食文化にはバラつきがありますから特定の指針というのは中々難しいです。そういう前提で、よく私が考えるのは、穀物もバラエティに富んだものを腹八分で楽しむのがいいということでしょうか。たとえば稗や粟などは質素な食事という印象があるように思いますけれど、そういったものが『スーパーフード』などと言われていて今や世界中の健康志向の人にとって外せない食材になったりしていますよね」
稗や粟などは、時代小説・歴史小説の類を読むと、「貧者の食材」として描かれていることが多い。一方で、白米を食べられるのは裕福な階層だ。これは、戦中戦後の貧しい時代にもいえることで、昭和一桁世代だったぼくの父は、稗や粟のような雑穀をまぜたご飯は昔を思い出すので嫌だと言っていた。それが今や「スーパーフード」だというのだから、時代は変わったものだ。
「日本でも食が豊かではない時代には、足りない栄養素はあったとは思いますけど、魚などに加えて雑穀や野菜など食べていて、結果的に食事の質は悪くなかったのではないかと思っています。ということで、長寿社会を作ってくれたご先祖様たちが食べていたであろう穀物や豆類、根菜などについて、健康への価値を地域ごとに見直しつつ上手に取り入れて日ごろから楽しむのがよいのではないでしょうか。理想をいえばまずは各地域の栄養士さんなどが音頭をとってくださるのが好ましいと思います」

結局、栄養疫学の知見は、背景にある栄養学的なコモンセンス(常識)などをフル動員して、さらには地域ごとの社会文化的な背景まで考慮し、常に多角的に読み取るべきということだろう。アマチュアでもがんばって論文を読めば、書いてあることは理解できるかもしれないが、その背景にある不確実性や含意まではさすがに難しい。また海外で栄養疫学に出会い研究者になった今村さん自身も、日本の地域ごとの事情に通じているわけではないと自認して、「各地域の栄養士さんなどが音頭をとってくださるのが好ましい」と述べているようだ。栄養士は、栄養疫学のエビデンスを、各地域や各個人の事情に通暁した上で、現実的な助言に落とし込む専門知識の翻案者、実践者として期待されている。
さて、栄養素、食材、食事パターンについてそれぞれ見てきた。
すべてにおいて「すっきり解決!」というわけにはいかなかったと思うが、そういうすっきりしなさ加減も含めて味わっていくしかなさそうだというのがぼくが得た感触だ。
最後の最後に、こういった研究すべてに関わることとして、今村さんが最近、問題視していることに触れておこう。個別の研究というよりは、研究をめぐる風潮とでもいうべきことだ。
一言でいえば、「メタアナリシスについての懸念」だ。
「まず、メタアナリシスや系統的レビューは、既存のエビデンスをまとめているので高い価値があるとされていますが、栄養疫学の場合それでも良質とは限らないんです。そもそも方法が誤っているものもありますし、同じトピックについても複数のメタアナリシスがあって、それぞれ結論が食い違うということもあります。例えば、米国栄養学会誌の2014年7月号では、ナッツの摂取と糖尿病・循環器系疾患に関するメタアナリシスの論文が3つ同時に掲載され、それぞれ結果が異なっていました。さらにお米の話のように一つの疾患との関係だけが目立ってしまって、その結果を外挿して拡大解釈してしまう危険もあります」

それにしても、「そもそも方法が間違っている」論文が世に出ることがあるのだろうか。こうなると、ぼくたちは何を信じればいいのかさっぱりわからない。
「実は、私は、論文誌から頼まれる査読をできるだけするようにしています。勉強するいい機会なんですよ。世の中に出ていない情報にいち早く触れられるわけですし。それで、栄養疫学だけでなく、他の分野の疫学論文の査読も増えてきて、だいたい週に1本くらいは見ていると思います。その中で痛感するんですが、本当に論文の質はピンからキリまであります。それで、解析がずさんだったり、そもそも間違っているんじゃないかと指摘してリジェクトになった論文が、しばらくたって別の論文誌にそのまま掲載されていたりするんですよ」
これが、「方法が間違っているメタアナリシス」が世に送り出されてしまう仕組みの一端だ。リジェクトされた論文を、そのまま掲載してしまうような別の論文誌がある、というのである。
念のために注釈すると、査読とは、本来、論文の質を保証するためのものだ。今の科学は研究者同士の相互評価で成り立っている部分が大きい。各論文誌は、論文の投稿を受けると、その分野に詳しく、また著者と直接の利害関係がない別の研究者に内容のチェックを依頼する。査読を依頼された研究者はボランティアで論文を読み、問題がある部分を指摘したり、改善の方法を示唆したりする。今村さんは、かなりたくさん査読を引き受けてきており、四大医学誌のひとつであるブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)のベストレビュワー賞(2015年)など、個々の論文誌が選ぶ「査読賞」のようなものをいくつも受けてきた。栄養疫学だけではなく他の疫学分野での査読も多く、それはおそらく疫学理論や方法論に強いとの定評があるからだろう。
そんな今村さんが、「間違った論文がそのまま掲載される」と嘆いている。
これは本当にいかんともしがたい。
非専門家でもある程度勉強することで「自称専門家」のもっともらしい話の真偽を嗅ぎ分けることはできるかもしれないが、論文誌に掲載される論文の良し悪しを判断しろというのはさすがに酷だ。
「ですので、メタアナリシスだからエビデンスレベルが高いという話はもう古くて、メタアナリシスもツールの一つでしかないと考えるのが適切です。以前からその誤解は指摘されていましたが、栄養学の世界でもメタアナリシスが氾濫するようになってようやく認知されてきたという感じです」
本当に、「似非ではない専門家」による解説が大切になってくる。今回の対話の中では、今村さんの判断を信頼しているけれど、今村さんが常に助言をくれるわけでも、よい判断ができるわけではない。日本の食についての助言となると、地域ごとの社会的背景を鑑みたものが望ましいが、今村さんはそこには通暁していないため限定的なものとなる。
本当にいったいどんな方法がありえるだろう。
「これが解決になるか分かりませんが──」と今村さんは切り出した。
「イギリスには、サイエンス・メディア・センター(SMC)というのがあります。医学情報などきちっと一般人に伝わるように努力している機関です。何をやっているかというと、『Lancet』だとか『BMJ』とかが論文を発表する前に、こういう論文が出ますよとSMCに送るんです。で、SMCは、その研究論文の内容に詳しいであろう専門家たちに意見を聞いて、メディアにその意見を知らせます。その結果、報道される時に研究にかかわってない専門家の客観的な意見が同時に発表されるようになるんです」
それは確かによい考えで、一定の効果があるかもしれない。
実は、2010年に日本にもサイエンス・メディア・センター(社団法人)ができた。2011年の東日本大震災後には、意見の分かれる問題について専門家の様々な見解を紹介して高い評価を得ていた。しかし、海外のように民間資本の支援を得ることができず、2015年以降は活動を縮小している。2018年度に改めて研究費を獲得し、今後は新たな展開を予定しているとのことなので期待したい。
と同時に、SMCは専門家に依存しているので、専門家がきちんといないことにはどうしようもない。こと医療情報や健康情報のエビデンスを伝える幅広い分野については、しっかりと疫学のトレーニングを受けた研究者が情報を発信しやすい土台が必要だろう。あるいは、科学コミュニケーションの専門家の中で、疫学的な情報のフェアな解釈ができる人、少なくとも研究者の発言を日常の言葉に翻訳できる人が増えれば事態は改善するのだろうか。
どちらも、一朝一夕にはいかないが、この状況が続くなら日本の社会は「エビデンス」を解釈すること自体に困窮し続けることになるだろう。これは実は、大きな社会的な損失だ。今村さんのお話を伺い、そういった懸念を深めている。
=文・写真 川端裕人
(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2018年10~11月に公開された記事を転載)
1979年、東京生まれ。英国ケンブリッジ大学医学部MRC疫学ユニット上級研究員。Ph.D(栄養疫学)。2002年、上智大理工学部を卒業後、米コロンビア大学修士課程(栄養学)、米タフツ大学博士課程(栄養疫学)、米ハーバード大学での博士研究員を経て、2013年より現職。学術誌「Journal of Nutrition」「Journal of Academy of Nutrition and Dietetics」編集委員を務め、「Annals of Internal Medicine(2010~17年)」「British Medical Journal(2015年)」のベストレビューワーに選出された。2016年にケンブリッジ大学学長賞を受賞。共著書に『MPH留学へのパスポート』(はる書房)がある。また、週刊医学界新聞に「栄養疫学者の視点から」を連載した(2017年4月~2018年9月)。
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。
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