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打率4割へバントも使う AIで「本郷バレー」目指す

東京大学大学院 松尾豊教授(下)

東京大学大学院教授 松尾豊氏

東京大学は学生起業家を次々送り出している。その火付け役の一人が人工知能(AI)技術研究の松尾豊東大大学院教授だ。東大・本郷キャンパス(東京・文京)を核に、米国のシリコンバレー、中国の深圳に次ぐIT(情報技術)の一大拠点に育てるという野望がある。教育・研究と産業をつなげ、壮大なエコシステム(生態系、独自の経済圏)を構築するという「本郷バレー構想」を実現して、「産業界へAI戦士を送り込んで世界と戦いたい」と語る。

<<(上)「僕は起業家向きじゃない」 AI人材の育成こそ天職

――東大は日本一学生起業家の多い大学と言われています。

「まだまだ規模的には足りないと思っています。僕がいた米スタンフォード大学のあるシリコンバレーではグーグルが生まれ、フェイスブックやツイッター、テスラといった企業が異常な勢いで誕生し、次々とイノベーションが起こりました」

「松尾研究室(以下、松尾研)から生まれたAI系ベンチャーは関与レベルが色々ですけど、直系は約10社。関係している会社も含めると30社ぐらいです。直系で言うと、長男はAI開発を手がけるPKSHA Technology(パークシャテクノロジー)、次男がロボットの自動制御技術などのDeepX(東京・文京)、三男が動画解析AI開発のACES(エーシーズ、東京・文京)です。直系に近いところでは、顔認証関連のOllo(東京・文京)とか面白い。他大学出身ですが、物流スタートアップのプレックス(東京・文京)を創業した黒崎俊さんはビジネスセンスがある。MICIN(マイシン、東京・千代田)という医療系AI企業もあって、それぞれいい会社です」

――ソフトバンクグループの社外取締役などAI人脈を広げて、若手起業家を育成しています。

「実は高等専門学校(高専)の生徒には有望な人材が少なくありません。昨年開催した『全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(DCON)2019』で優勝した長岡高専のモンゴル人留学生2人はすごく見込みがあって、会社をそろそろ立ち上げると思います。ビザの関係で留学生の会社設立は難しい面も多いですが、何とか設立して彼らに株を持たせてあげられないかと助言しています。DCONで2位になった香川高専からも、スタートアップが2社生まれようとしています」

コンピューターに最初に触れたのは小学生時代という

「AIを実用化するため、産学連携で様々な企業と5~6件の共同研究を進めています。でも、ブームとしてのAIを超えて、日本全体での産業競争力につなげていく必要がありますね。最近は松尾研発のベンチャーの社会的な役割について考えています。既存の業界もAI技術を活用して変わらないといけないと思いますが、大手のプレーヤーはなかなか変われない。そこで松尾研発のベンチャーが各業界の人に使ってもらえるようなAIの技術を作って、クラウドサービスのような形で業界全体を効率化しようと構想しています。業界ごとに『戦士』を送り込んで、ITで事業を変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)化も支援して世界で戦う。それが松尾研のミッションだと考えています」

何としてでも成功の1例目つくる

――なぜ産業や社会の課題解決にまで目を向けたのですか。

「スタンフォード大にいた時、エコシステムをつくらないと勝てないと実感しました。AIの研究分野でも、グーグルが最強です。資本がある方が研究でも勝つのです。物理や化学の基礎研究とは違って、AIの研究では膨大なデータを集めたり、計算機のインフラを構築したり、実験のできる環境も必要となるので、すごくお金がかかるためです」

「日本でもAIのエコシステムに挑戦する価値はあると思います。松尾研のビジョンは『本郷バレー構想』を実現すること。AIの研究者だけではなく、起業家や投資家が連携し、シリコンバレーや中国の深圳と並んで語られるくらいのエコシステムをつくることが目標です」

「とはいえ、本郷バレー構想の実現には課題がいっぱいあります。僕は『1、2たくさんの原理』と呼んでいますが、何としてでも成功の1例目をつくること。次に2例目をつくり、それを抽象化、一般化して、たくさんの成功例を生み出す仕組みを作ることが大事です。松尾研からも、ニュース配信のGunosy(グノシー)やパークシャなどの有望なベンチャーが出てきました。でも、もっと多くの学生や企業と一緒になって成功率を上げていきたい」

――どんな青春時代を過ごしましたか。

「自分が存在しているのはなぜか、死ぬとはどういうことかを考えて、中学や高校の頃は哲学書にはまっていました。小さい頃から具体物にはあまり興味がなく、抽象物のほうが好きでした。『ポケットコンピューター(ポケコン)』という小さいコンピューターを親からもらって、これは無限の可能性があるなあと思ってプログラミングをして遊んだりしていました」

高校から社会人までソフトボールを続ける。セーフティーバントの技を磨いた(前列右から3人目が松尾氏)

「スポーツは中学では野球、高校からソフトボールをやって、大学、社会人と続けました。まあ、我ながら変わったプレーヤーで、セーフティーバントばかりやっていました。やり方を色々追求した結果、独特のバントを生み出しました。打率は毎年約4割です。まず三塁手がバントのボールをとろうとダッシュしますが、これを遅らせるために、最後の瞬間まで打つのかどうか分からないフォームにします。結局は三塁手との戦いですから。それから、力加減を工夫してバットの芯に当たると、いいところにバックスピンで転がって絶対にヒットになるまで練習するのです。ツーストライクまで2回トライできるので、1回でも芯にあたるとヒットになる。ツーストライクに追い込まれると、(スリーバント失敗でアウトになるので)ヒッティングに切り替えます。それを積み上げると打率は4割になるというわけです。みんなからは『ずるい』と言われていましたけど」

変化に強い日本人、コロナで不安になり過ぎない

――リーダーは失敗に学ぶと言います。

「僕は失敗だらけですよ。たくさんの失敗を経験したけど、失敗例を抽象化すると、必勝法が分かってくる。例えば研究者としてスタートした際、英語の論文が落とされまくりました。でも失敗を重ねていくうちに、論文の完成度を高める方法が分かってきたんです。国の研究費を獲得するときも、10~20連敗した後やっと1勝しました。その勝因を考え、分析して2勝目、3勝目につなげて、今ではほぼ100%勝てるようになりました」

 東京・本郷をAIの街にしたい理由の一つとして、「研究室の学生を連れて歩きやすいから」を挙げる。「最初に2、3人のスタートアップに行って、熱気を感じてもらいます」。次に起業して数年から中堅に育った企業を複数回って、ビジネスにチャレンジする現場を体感させる。「最後に大きくなったパークシャのロビーやオフィスを見ると、学生は『おおっ』となります。俺も起業しよう、と火が付いて上がりです」

――新型コロナウイルスの影響もあり、ストレスがかかると思います。解消法はありますか。

「ストレス解消法はまずは寝ることですかね。たぶん理論的には寝るのが一番いいのではないでしょうか。この5年間は研究モードと社交モードに完全に分けて生活しています。研究モードになると4~5日、完全に引き籠もって『おたく』状態になって、誰とも会わないようにして論文を読んだり書いたりします。一方、社交モードの時は朝8時から夜の会食まで30分刻みでずっと詰まっています。追加の1件を入れる限界コストは極めて小さいので、いくらでも予定を入れてもらって結構。つまり2つのモードを完全に切り分けたほうが効率がいいわけです」

「新型コロナの影響で、一気にオンライン化が進んだ点は評価できます。テレワークが浸透すると、仕事のデジタル化も進みます。どんどんデータも収集されるのでAIを適用して自動化もしやすくなります。日本人は本気になれば変化への適応能力があります。過度に不安がる必要はないと思います」

<<(上)「僕は起業家向きじゃない」 AI人材の育成こそ天職

松尾豊
1975年香川県出身。97年に東京大学工学部電子情報工学科卒、2002年同大学院博士課程を修了。産業技術総合研究所の研究員を経て05年から米スタンフォード大学客員研究員。07年東大大学院准教授、19年から東大大学院工学系研究科 人工物工学研究センター教授(現職)。17年から日本ディープラーニング協会理事長。19年からソフトバンクグループ社外取締役。

(代慶達也)

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