なぜ激ヤセ、北大西洋のセミクジラ 科学者は絶滅懸念

タイセイヨウセミクジラ(Eubalaena glacialis)については、心配の種が尽きない。現時点で409頭しか残っていないうえ、数々の恐ろしい危険にさらされている。例えば、彼らが暮らす大西洋岸の海域では、多くの船が往来し、あちこちに漁具が仕掛けられている。
今回、新たな研究により、心配事がまた1つ増えてしまった。タイセイヨウセミクジラの体格は、近い仲間で南半球に生息するミナミセミクジラ(Eubalaena australis)に比べ、かなり悪いようなのだ。論文は2020年4月23日付で学術誌「Marine Ecology Progress Series」に発表された。
両者は生息域が異なり、ミナミセミクジラは赤道以南の比較的静かな海域を好む一方で、タイセイヨウセミクジラは北米東部沖の船舶が多く行き来する海域にすむ。しかし、遺伝的にはよく似ていて、同じような不幸な歴史をたどっている。
体長約15メートル、体重約70トンにもなるセミクジラは、英語で「適切なクジラ(Right Whale)」と呼ばれる。泳ぎが遅く、岸の近くにいて、銛(もり)が当たると浮き上がってくるため、捕鯨に適した(right)クジラだというのが由来だ。
セミクジラ属は、タイセイヨウセミクジラ、ミナミセミクジラ、北太平洋に生息するセミクジラ(Eubalaena japonica)の3種からなる。11世紀から20世紀にかけて行われた捕鯨によって3種すべてのセミクジラが激減しており、もとの個体数の5%まで減少してしまった種もある。

1935年に国際連盟がすべてのセミクジラの捕獲を禁止して以来、ミナミセミクジラの個体数は順調に回復している。現在の個体数は1万頭以上で、かなりのペースで増加しており、一部の群れでは1年ごとに7%も増えている。国際自然保護連合(IUCN)はミナミセミクジラを、近い将来に絶滅する見込みが低い「低危険種(Least Concern)」に分類している。
一方、1990年には270頭まで減少していたタイセイヨウセミクジラの個体数も、2010年には483頭まで回復していた。しかし、船と衝突したり漁具に絡まったりして、この10年で個体数が再び減少している。
デンマーク、オーフス大学高等研究所の海洋生態生理学者で、ナショナル ジオグラフィック協会から資金提供を受けているフレドリック・クリスチャンセン氏は、2種のクジラの明暗が分かれた理由を探るため、ドローンを使って上空からクジラを撮影し、体格を比較した。
「衝撃的な痩せかたでした」と、タイセイヨウセミクジラが痩せ細っていることに気づいたクリスチャンセン氏は言う。対照的に、ミナミセミクジラは「背中が広々としていて、テントを張ることもできそうでした」
クジラの体格の悪さは、漁具を引きずることによる疲労などが原因であると考えられる。繁殖が遅いのはそのせいだろうと論文の著者らは指摘する。
「タイセイヨウセミクジラが種のレベルで問題を抱えていることはわかっていました」と、論文の共著者で米アンダーソン・キャボット海洋生物センターのクジラ研究チームを率いるピーター・コークロン氏は言う。
「けれども今回の研究で、個体レベルでも問題を抱えていることがわかりました。大規模な介入がなければ、20年後にはいなくなってしまうでしょう」
南より細い北のセミクジラ
クリスチャンセン氏は、世界各地の17人のクジラ研究者と協力して、タイセイヨウセミクジラとミナミセミクジラ計523頭分の空撮写真を収集した。それぞれ子ども、未成熟の個体、成体、授乳中のメスという4つの異なる段階の個体が含まれた。
クリスチャンセン氏のチームは、写真から実物の大きさを推定し、2種のクジラについて体の長さと幅を比較。そこから見積もった体の体積を使って、クジラの「体格指数」、平たく言えば、相対的な太り具合を推測した。
その結果、タイセイヨウセミクジラの未成熟個体、成体、授乳中のメスは、ミナミセミクジラに比べて著しく体格が悪いことが明らかになった。特に、タイセイヨウセミクジラの母親の体格が悪いようだ。
同程度の大きさのミナミセミクジラと比較すると、タイセイヨウセミクジラの母親の体重は平均で20%、約4トンも少なかった。
繁殖の周期に影響か
母クジラが痩せていることは、タイセイヨウセミクジラの減少を説明するのに役立つとクリスチャンセン氏は話す。クジラの出産にはかなりの体力が必要で、母クジラが痩せているほど、回復して次に出産できるようになるまで時間がかかる。
近年では、タイセイヨウセミクジラの出産の間隔は約7年だが、ミナミセミクジラでは3年だ。
「一般的にクジラの体の状態を評価するには、どのくらい太っているかを測定しなければならないので、この研究は非常に重要です」と、米ユタ大学の生物学者でセミクジラの専門家であるビクトリア・ラウントリー氏は言う。なお、氏は今回の研究には参加していない。
「クジラを動物病院に連れていって診察台に載せ、体温を測ることはできませんから」
激痩せの理由
論文では、タイセイヨウセミクジラが痩せている理由として3つの可能性が指摘されている。
1つ目は漁具だ。研究によると、タイセイヨウセミクジラの85%以上が、一生に少なくとも一度は漁網や釣り糸などの漁具に引っかかるとされている。2017年から20年までの間に、こうした漁具によって7頭のクジラが死亡した。これは生存頭数の約2%にあたる。

漁具によって命を落とすクジラもいるが、多くのクジラは漁具に絡まっても生き延びる。重いロープを引きずって泳ぎ回るうちに、多くのカロリーを消費してしまうのだ。
2つ目は船の往来だ。17~20年に9頭のクジラが船と衝突して死亡しているが、船の騒音もストレスの原因となり、クジラを消耗させている。
最後の理由は、海の温暖化により、タイセイヨウセミクジラの主食であるカイアシ類(微小な甲殻類)が北に移動してしまっていることだ。これにより、1日に約1トンの餌を食べなければならないタイセイヨウセミクジラは、餌を求めて保護海域の外に出なければならなくなり、船と衝突したり漁具に絡まったりしやすくなっている。
母子のストレスを減らせ
論文の著者たちが驚いたことに、生後4カ月未満の子どもでは、タイセイヨウセミクジラの体格はミナミセミクジラに比べて悪くなかった。対照的に、未成熟の個体になると、タイセイヨウセミクジラはミナミセミクジラに比べて有意に痩せていることがわかった。
このことは、タイセイヨウセミクジラの母子に及ぼすストレスを人間が減らすことができれば、子クジラはもっと健康的に成長する可能性があることを示唆している。
現在、タイセイヨウセミクジラの保護の強化を目指し、米海洋漁業局などの連邦政府機関やマサチューセッツ州に対して、いくつかの訴訟が進められている。目的の1つは、ロブスター漁の漁具に絡まるクジラを減らすことだ。
「生後3カ月の子クジラを隣の母クジラと比較すると、すでに半分ほどの大きさになっています。痩せ細った母クジラが、こんなに巨大な子どもに授乳しながら生きているとは、信じられません」とクリスチャンセン氏は話す。「彼らは限界まで追い込まれているのです」
(文 HALEY COHEN GILLILAND、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年5月27日付]
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