心の病をアプリで治療、コロナ禍で注目 規制緩和も

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コラム(テクノロジー)
2020/6/8 2:00
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 新型コロナウイルスの感染問題で、スマートフォンのアプリなどを使って病気を治す「デジタル治療」に改めて注目が集まっている。中でも期待されているのが、外出自粛などの影響が懸念される心の病への適用だ。こうした流れを受け、米国では食品医薬品局(FDA)が精神疾患を対象に、デジタル治療を含むデジタル医療機器の規制の一部を緩和した。この緩和策による影響とデジタル治療に挑むスタートアップや業界の将来を展望した。

ソフトウエアを活用して病気を予防・管理・治療する「デジタル治療」への関心がここ数年高まっている。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

これはデジタルヘルスの新興分野として患者ケアの新たな手段になる可能性があり、市場規模は2025年には90億ドル近くに達する見通しだ。だが、業界で導入が実際に進むか不透明で、役割は依然はっきりしていない。

FDAは4月、精神疾患(大うつ病性障害、統合失調症、薬物依存症といった物質使用障害など)を対象にしたデジタル医療機器(デジタル治療を含む)の規制要件を一部免除する指針を発表した。これにより既存の治療モデルにデジタル治療をどう組み込めるかを示しやすくなるだろう。

今回のリポートでは、この新たな指針の意味と重要性、新型コロナウイルスの感染拡大時と終息後の業界への影響について注目する。

■3つのポイント

1.精神疾患を対象にしたデジタル治療機器の一定の規制要件が免除されている。このため、企業は承認を得ていなくても対象機器を暫定的に発売できる。

2.主に医師の処方箋が必要なデジタル医療機器(クラス2)が対象であり、医師の監督の下で使われる。処方箋の不要な機器の一部も対象になっている。

3.パンデミック(世界的な大流行)に伴う精神科医療の混乱に対する短期的な解決策となる。患者を支える、より便利な選択肢をつくるのが目的だ。

■なぜ重要なのか

新型コロナのパンデミックは医療の提供に大混乱を引き起こしている。外出制限令により患者は自宅にとどまっているため直接治療を受けられず、医療機関はパンク寸前に陥っている。このため、医療従事者と患者の双方で遠隔医療への需要が急増している。

ニュースに取り上げられた回数
(リモートケア、リモートモニタリング、テレヘルス、テレメディスンのいずれかがニュースで言及された回数)

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(リモートケア、リモートモニタリング、テレヘルス、テレメディスンのいずれかがニュースで言及された回数)

FDAはこのニーズの高まり、具体的には精神疾患のニーズに対処したいと考えている。

パンデミックで不安や孤独感が高まるなか、個人が精神疾患を発症したり、悪化させたりするリスクが高まっている可能性がある。さらに、米国の成人の約2割が精神疾患を経験しているため、この分野にもっと多くの資源を投じる必要性も示されている。

今回の規制緩和で精神疾患に対応するデジタル治療機器を速やかに投入できるようになり、患者が離れた場所から利用できる選択肢が増える。これらは主な治療手段として活用できるほか、他の治療と併用することも可能だ。

これはデジタル治療の臨床効果を実証するチャンスにもなる。そうなればコロナ後に業界に利益をもたらすかもしれない。

一般的に、デジタル治療は利用も販売もしやすい安価な治療手段になり得る。だが、官民の医療保険からの還付状況が不透明なため、業界で広く導入されるかどうかが課題だ。

大手製薬会社やデジタル治療会社が加盟するデジタル治療連盟(DTA)は4月上旬、公的プログラムを通じてデジタル治療の利用を推進するため、法律や規制を改正するよう求めた。これが実現すれば、医療でのデジタル治療の使い方に対する理解を促す重要な役割を果たすだろう。

FDAの指針は一時的な解決策だが、デジタル治療業界に長期的な影響を及ぼすだろう。この間に患者の利用が増え、受診行動が変わる可能性があるからだ。

■医療各社はこの分野で何をしているのか

パンデミックでデジタル治療への関心が高まっているため、大手医療各社は新たな潜在的な商機に注目している。

これまでも大手製薬会社による一連の提携や投資はみられたが、各社は現状を受けてM&A(合併・買収)活動に目を向けているため、市場再編がさらに進む新たな兆しがある。

精神科の問題に具体的に対処する活動も増えている。例えば、5月には以下のような事例があった。

・新製品の共同開発:韓国サムスン電子傘下の印ハーマン(HARMAN)とスイスの製薬大手ロシュは、自閉症スペクトラム障害(ASD)を対象にしたデジタル治療プラットフォームの開発で提携している。

・商業権の獲得:スウェーデンの製薬会社オレクソは、独ガイア(GAIA)のうつ病を管理するデジタル治療の米独占販売権を取得した。今年の夏に米国で発売する予定だ。

・医療保険との提携:米アリゾナ州の非営利組織ブルークロス・ブルーシールドは州民を対象に、米シェアケア(Sharecare)の不安を軽減するデジタル治療アプリ「アンワインディング・アンザエティ」を3カ月間無料で提供している。

パンデミックを受け、医療業界全体で新しい製品やビジネスモデル、戦略を重視する緊急性が生じている。この影響は今後数カ月続くため、医療各社は引き続き患者の健康管理を支援するデジタル治療を模索するだろう。

■スタートアップは何をしているのか

FDAの精神疾患向けデジタル治療についての指針を受け、新製品を発売したスタートアップ3社を紹介する。

米ペア・セラピューティクス(Pear Therapeutics)

患者と医師の対話アプリ「リセット」「リセット・オー」(出所:ペア・セラピューティクス)

患者と医師の対話アプリ「リセット」「リセット・オー」(出所:ペア・セラピューティクス)

▽累積資金調達額(公表ベース、以下同):1億3500万ドル
▽主な投資家:ノバルティス(スイス)、米5AMベンチャーズ、米ジャズ・ベンチャー・パートナーズ、テマセク・ホールディングス(シンガポール)

 ペア・セラピューティクスは医師の処方箋を必要とするデジタル治療を開発している。そのうち、物質使用障害(製品名「リセット」)、オピオイド依存症(「リセット・オー」)、慢性不眠症(「ソムリスト」)を治療する3つの製品がFDAの承認を受けている。同社は5月、要件を満たす患者に中毒治療製品(リセットとリセット・オー)を無料で提供する「ペア・アシスタンス・プログラム」を始めた。

□FDAの指針への対応
・統合失調症向けデジタル治療「ペア004」の限定発売:ペア004は精神病やうつ病などの症状を対象にしたデジタル治療だ。医師の監督の下で抗精神病薬と併用される。


米アキリ・インタラクティブ・ラブズ(Akili Interactive Labs)

ゲームを使ってADHDを治療する「エンデバー」(出所:アキリ・インタラクティブ・ラブズ)

ゲームを使ってADHDを治療する「エンデバー」(出所:アキリ・インタラクティブ・ラブズ)

▽累積調達額:1億1000万ドル
▽主な投資家:メルク・ベンチャーズ(ドイツ)、米アムジェン・ベンチャーズ、英ベイリー・ギフォード、DGベンチャーズ(日本)

アキリ・インタラクティブ・ラブズは注意欠陥多動性障害(ADHD)やASDと診断されている青少年向けに、ビデオゲームセラピーを活用した処方箋の必要なデジタル治療を開発している。うつ病や多発性硬化症の大人を対象にしたデジタル治療にも乗り出している。

□指針への対応
・ADHDを治療する「エンデバー」の限定発売:ADHDの青少年を対象にした処方箋の必要なデジタル治療「エンデバー」を、要件を満たす患者に無料で提供している。エンデバーはFDAに認可を申請中だ。


米リーフ・セラピューティクス(Lief Therapeutics)

メンタルヘルス管理のために心拍変動を追跡(出所:リーフ・セラピューティクス)

メンタルヘルス管理のために心拍変動を追跡(出所:リーフ・セラピューティクス)

▽累積調達額:25万ドル
▽主な投資家:米トレンド・フォワード・キャピタル

 リーフ・セラピューティクスはメンタルヘルスを良好な状態にするため、心拍変動(HRV)データを改善するバイオフィードバック(機器などを通じて心身の状態を認識することで、生理反応を意識的にコントロールする)ウエアラブル機器を開発している。医療従事者向けプラットフォームを使い、離れた場所から患者の病状の改善状況をモニターすることもできる。

□指針への対応
・不安をコントロールする「ダウンタイム」の限定発売:全般性不安障害の患者を対象にした処方箋の必要なデジタル治療「ダウンタイム」は、患者の主な治療を補完する。リーフの心電図測定ウエアラブル「リーフRXスマートパッチ」とセットで使われる。
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