人類学者の長谷川眞理子氏「人類史上、密集都市は異常」

日経ビジネス
2020/6/5 2:00
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総合研究大学院大学学長。理学博士。1952年東京生まれ。76年東京大学理学部卒、80~82年タンザニア野生動物局勤務、83年東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程修了。米エール大学人類学部客員准教授や早稲田大学政経学部教授などを歴任、2006年に総合研究大学院大学先導科学研究科教授。理事・副学長などを経て、17年から現職。専門は行動生態学、自然人類学。近年は人間の進化と適応の研究に取り組む

総合研究大学院大学学長。理学博士。1952年東京生まれ。76年東京大学理学部卒、80~82年タンザニア野生動物局勤務、83年東京大学大学院理学系研究科人類学専攻博士課程修了。米エール大学人類学部客員准教授や早稲田大学政経学部教授などを歴任、2006年に総合研究大学院大学先導科学研究科教授。理事・副学長などを経て、17年から現職。専門は行動生態学、自然人類学。近年は人間の進化と適応の研究に取り組む

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新型コロナウイルスの感染拡大が生活や経済活動に大きな影響をもたらしている。国を超えた往来が盛んになり、世界にまたがるサプライチェーン(供給網)が形成された現代社会の脆弱さが露呈した。人間の進化と適応について研究する人類学者の長谷川眞理子氏に、今後の社会の変化を聞いた。

――人類学者として、新型コロナウイルスの感染拡大による危機をどう受け止めていますか。

「歴史の中で、感染症によって社会が打撃を受けたことは何度もあります。14世紀の中世ヨーロッパで広がったペストもありますし、(紀元前の)エジプト文明では天然痘が流行したともいわれています」

「ただ、今回は大きな違いがあります。地球上に80億人近い人がいて、そのほとんどが都市部で密集して暮らしている。移動しようと思えば、誰もが飛行機や自動車を使ってどこにでも行けます。また、グローバル化によって工場が世界中にあり、経済活動が入り組んだ構造になっています。そうした状況で世界的に広がった感染症というのは、人類史上、初めてのことなんです」

――日本でも都市部の脆弱さがあらわになりました。

「1918年にスペイン風邪のパンデミック(世界的大流行)がありました。当時の世界の人口は今の4分の1ほどです。海をまたぐ長距離の移動は船で、今のように高層ビルや巨大な競技場はなかった。誰もが映画館に行ける現在とは違い、演劇を鑑賞しに行くのは一部のお金持ちに限られました」

「これほど人が密集する都市はなかったんです。スペイン風邪は2年ほどかかって感染が広がりましたが、新型コロナウイルスは1~2カ月で世界の国々に拡大しました」

――現代の都市部での生活というのは、人間にとってふさわしい生活なのか考えさせられます。

「人類の進化の歴史からみると、今の私たちの生活が当たり前でないことは確かです。むしろ異常とも言えます」

「2本足で歩くホモ属(ヒト属)が出てきたのが200万年前で、ホモ・サピエンスが出てきたのが30万年前。この長い間、人類はずっと狩猟採集の生活をしてきました。獣が捕れなくなればまた次の土地に移動するキャンプ生活です。1カ所に集まる人数なんてせいぜい10人とか20人。キャンプで火の周りに集まってお肉を焼いて食べるけど、そこでずっと暮らすわけではない。1万年前になると、農耕や牧畜をするようになって定住生活が始まり、5000~6000年前になると都市文明が生まれました。そして200年ほど前に進行したのが産業革命です」

「つまり、都市化や産業革命というのは長い歴史の最後の瞬間に出てきたものです。私たちが今過ごしているような生活というのは、人類の進化の歴史でいうと最後の0.00何%でしかないんです」

――なるほど。

「もっといろんなところへ行きたいと思って飛行機や電車や自動車を作り、いろんなものをたくさん食べたいと思って農業革命が起こり、お店もたくさんできた。その積み重ねの先に現在の生活があったのであって、誰かがこういう暮らしが良いと設定して作り上げてきたわけではありません」

「しかし、快適さを手に入れるとツケが回ってくる。それが気候変動や環境破壊です。環境破壊が起こると、動物と人間の接触が増え、動物の中にひっそりといたウイルスが人にも感染するようになった。コウモリやサル、ネズミなどいろんな動物を起源とするウイルスが人間の世界にも現れるようになった。都市化と環境破壊によって、新型ウイルスはずいぶんと増えました。それでも、人間は快適な生活を続けたい。だから、こうした状況を見ないように目をつぶってきたんです」

――今回の新型コロナの感染拡大で、目をそらせない状況になったということでしょうか。

「今回は、日本も米国も欧州もアジアもみんなが『困った』と自分のこととして感じました。エボラ出血熱の感染が広がってもアフリカの話だと思っていたし、東日本大震災が起こっても日本の東北地方のことだと思っていた。今までは、自分事とは思っていませんでしたよね。でも、今回はみんなが自分事として捉えなければいけない事態になったのです」

「新型コロナの感染が拡大する前からSDGs(持続可能な開発目標)のバッジを胸に付けている人はたくさんいましたけど、みんな本気では考えていなかったのではないでしょうか。でも、コロナ後は、世界をどうしたらよいのか、資本主義の競争一辺倒ではダメなのではないのか、みんなが手をつないでやらなければ失敗するのではないか、といったことを本気で考えるようになるとみています」

――生活様式も変わっていくのでしょうか。

「あんなにぎゅうぎゅうの満員電車に毎日乗るのはおかしいですよね。高層マンションの上階で育った子供が家の絵を描くと、地面が書かれてないことがあるそうです。大人になれば分かることであっても、小さな子供がそんなふうに世の中を見ているのだと思うとなんだか哀れです」

「今回をきっかけに、今まで普通だと思っていたことや良いと思っていたことがそうではなかったと気付いていく可能性があります。しばらくすると、自然に、みんなが理想とする生活が変わってきて、新しい生活にシフトしていくのではないでしょうか。週の半分はテレワークでいいとか、郊外の広い庭のある家がいいとかですね」

――感染防止のため、対面の機会は減っています。今までのように都市に密集しすぎるのは問題だったかもしれません。しかし、人同士が直接会うこともやはり大切なのではないでしょうか。

「もちろんそうですね。都市文明は、人が集まってアイデアを交換することで作られてきました。テレワークなどでIT(情報技術)が盛んに使われるようになっていますが、ITは方向性や何を対象とするかが決まっている場合には強い。例えば、調べたいことがあるときに検索すればすぐに答えが出てきますよね」

「でも、何が起こるか分からないのがリアルの世界です。ある疑問を調べようと図書館に行くと、いろんな本があって、調べようと思ったこと以外のこともどんどん目に入ってきます。リアルにはそういう意外性や広がりがある。そういった点でITが思考の可能性を狭めてしまうのではないかと危惧しています」

――資本主義の方向性も変わるのでしょうか。

「資本主義は右肩上がりの経済成長を前提としていますが、永遠に成長することは難しいです。なぜなら、地球も太陽も1つしかない。実際、現代の生活は、太陽から地球へのエネルギー供給に換算すると1.5個分の太陽エネルギーを消費している。大本のエネルギーは太陽エネルギーしかないわけですから、限界はあります」

「とりわけ、高度成長期に働き盛りだった60代、70代、80代の人たちは、明日は今日よりももっと豊かにならなければいけない、他者との競争に勝って富やお金をもっと蓄積しなければいけない、と必死に働いてきました。ハングリーな人がたくさんいたわけです。それに比べて今の若い人はハングリー精神がないからダメだという年配の人が多くいます」

「でも、もうそんな時代じゃない。多くの若者は現状にそこそこ満足しているからハングリーではないんです。少しくらい不満はあるかもしれないけれど、大筋では生活に満足している。これからの人間の幸せというのは、絶対に自分が勝つといったハングリー精神から生まれるものとは違った形になると思います」

「子供の死亡率が高かったり、差別や格差が大きかったりしたのが、この100年ほどでずいぶん改善されてきた側面はあります。これまで成長を続けてきて、カーブがなだらかになって飽和状態になった今、世界をみればひどい地域はまだあるけれど、かなりの人が幸せになれた」

「生産量を増やして成長してきたこれまでのやり方から転換する際に、量を維持しながら、中身も維持して格差を生まないようにするにはどうすべきなのか。そうした模索の先に、新しい形の幸せがあるのかもしれません。私たちが望む幸せとは何なのか。流されずに自ら考えることが大切です」

(日経ビジネス 中山玲子)

[日経ビジネス電子版 2020年6月3日の記事を再構成]

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