名脇役・光石研 私服センス、圧巻の「主役」
コラムニスト いであつし

「服好きオヤジ」に大人気
コロナ禍の影響でテレビ番組もやたらとドラマの再放送が多い。まぁでも、ファッションと同じくらいテレビドラマ好きな筆者としましてはそれほど退屈していませんけどもね。
さて、今回の主役はテレビドラマによく出ている役者の光石研である。名前を聞いても「誰?」と思う人もいるだろうが、顔を見れば「あー、あの人か」とすぐにわかる、数多くのドラマや映画に様々な役で出演している名脇役だ。NHKの朝ドラ「エール」で、すぐに亡くなってしまった二階堂ふみ演じる音ちゃんのお父さんだ。大杉漣の遺作になってしまった名脇役を主役にした深夜ドラマ「バイプレイヤーズ」にも実名の役柄で主演していた。
服好きの間では、光石研の名前は、脇役どころか主役級で知られている。それも、かなりの服好きな30代~40代のお洒落(しゃれ)オヤジたちから圧倒的な人気を得ているのだ。かくいう筆者も、いま芸能人で一番私服のセンスがいい俳優として、光石研が出ているドラマは欠かさずチェックして見るほどファンである。
ファンが高じて、コラムを連載しているメンズファッション誌『MEN'S EX』の担当編集者から「光石研さんをモデルに起用してスーツスタイルのページを作りたい」という相談を受けたこともあり、ホイホイと喜んで引き受けた。

筆者が担当編集者に提案したのは、ドラマみたいにシチュエーションを作り込んでスタイリングしてはどうか。様々な役を演じてきた光石研ならではのスーツスタイルを楽しく演じてくれるはずだ。例えば、英国や米国のアイビーリーグの大学教授とか。ツイードのスーツに白いボタンダウンシャツにボウタイを締めてウェリントン眼鏡を掛けて、手にはブックバンドで巻いた辞書や研究書……みたいな。
ちなみにページは、ブルックスブラザーズのスーツを着こなして演説をするアメリカ大統領を演じる光石研になりました。いやもうバッチリ決まっていて、さすが数々の役を演じている日本を代表する名脇役であります。
その時のコメントがまた格好いい。「昔から服はトラッドなものしか着なくて、あんまり目立った格好はしないんですけど、例えば電車で前に座っている人がスエードのいい靴とかを履いていたら、むむっ、おぬしやるな、オールデンかな、なんて見るのが好きですね」。この控えめながらも服好きなら思わずうなずいてしまうコメントに、コンサバオヤジ(筆者)はグッときちゃうのだ。

ファッション誌でもレギュラー
最近はその私服のセンスのよさが知られてきて、いまや本業の役者とは別にメンズファッション誌でもひっぱりだこである。雑誌『Pen』では、古着好きな光石研が毎回好きなビンテージの古着を買いに行く様子をドラマ仕立てにしたショートムービー『光石研の東京古着日和』をユーチューブで公開している。ドラマで見る役者の光石研とは全然違うお洒落オジサンっぷりが見られて、これまた服好きにはたまりまセブン。
ちなみに、光石研はファッションだけではなくインテリアやクルマにもこだわっていて、アンティークのミッドセンチュリー家具でそろえている自宅はインテリア雑誌にも載るほど。愛車もクラシックな1963年式のベンツW111に乗っている。

筆者が光石研を「むむっ、ただものではない」と見破ったのは、あれは小田急線だったか、私鉄が発行しているフリーペーパーに載っていたインタビューページの私服のスナップ写真をたまたま見た時だ。ODのファティーグパンツ(米軍で使われていたカーキのサープラスパンツ)に洗いざらしのオックスフォードのボタンダウンシャツを襟元から白Tをチラリとのぞかせて裾出しで着て、使い込んだエルエルビーンのトートバッグ。しかも、ビームスプラスの別注ときたもんだ。オイオイ、光石研ってこんなに服好きだったんだと驚いた。それまでまったくのノーマークであった。
光石研のファッションセンスの実力がよくわかるのが、カジュアルスタイルの時だ。
スーツをお洒落に着こなすオジサンは多々いるが、光石研のようにカジュアルをお洒落に着こなせるオジサンはそうそういない。
例えば、2019年に放送された深夜ドラマ『デザイナー渋井直人の休日』。原作は若手コラムニスト渋谷直角のコミックで、光石研は初主演で主人公の渋井直人を演じている。
「人を選ぶ服」もさらりと着こなす
52才独身、フリーランスのグラフィックデザイナーの渋井直人の格好は、出かける時はいつもネイビーのダッフルコートに大判のマフラーを巻いて、カバンはエルエルビーンのトートバッグ。グレーやえんじ色のニットをカットソーのように着てパンツはチノパンツ。靴は映画監督のウェス・アンダーソンを意識してクラークスのワラビー。おそらくアイテムはどれもマーガレット・ハウエルじゃないかと思うが、お洒落なんだけどもちょっと自信がなくていつもオロオロしちゃうおちゃめな中年オジサン、渋井直人は光石研じゃないかと思ってしまうほど、実に似合っているのだ。
光石研のカジュアルスタイルの真骨頂ともいえるのが、デザイナーの鈴木大器が手掛ける人気ブランドのエンジニアドガーメンツ(以下EG)を着た時である。
アメカジをツイストした一見ベーシックなデザインながらも誰にでも似合って着こなせるブランドではないEGの服を、いつも私服でさらりと着こなしている。ちなみに、同じ役者仲間の滝藤賢一も私服はEG好きで有名だが、アクの強い着こなしを好む滝藤賢一よりも、コンサバな着こなしをする光石研のほうが筆者の好みである。

EGを扱っているネペンテスの公式HPにもモデルとして起用されていて、今シーズンの新作をさらりと肩ひじ張らずに着こなしているフォトセッション『気後れ』は、まさに役者光石ワールド全開で、服好きなお洒落オジサンは必見である。

役者は演じることが職業で、私服で注目されるべきではない。それこそ私服のセンスなんて脇役でいい。ドラマや雑誌で見る俳優が着ている服、あれはスタイリストが用意したものであってその人のセンスではないのだ。でもね、何かの拍子でチラリと見かけた私服が意外にもお洒落で、実は服好きだったりすると、それでファンになっちゃうこともあるんですよ。筆者の場合は光石研がそうなのだ。あと言い忘れてたけど、実は同い年(苦笑)。

1961年静岡生まれ。コピーライターとしてパルコ、西武などの広告を手掛ける。雑誌「ポパイ」にエディターとして参加。大のアメカジ通として知られライター、コラムニストとしてメンズファッション誌、TV誌、新聞などで執筆。「ビギン」、「MEN'S EX」、JR東海道新幹線グリーン車内誌「ひととき」で連載コラムを持つ。
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