利益は1台27万円 トヨタはコロナ禍でも落ち着いている

日経ビジネス
2020/6/4 2:00
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企業決算や様々な統計などで経済の現場に表れてくる数字やデータ。それらを掘り下げていけば、思わぬ経済の姿が見えてくる。今回は2020年3月期の業績が出そろった自動車各社を分析する。新型コロナウイルスの影響が生産や販売を直撃し、大半の国内自動車メーカーが21年3月期の業績見通しを発表できない状況だ。そんな中で唯一、今期業績見通しを発表したトヨタ自動車。リーマン・ショック後、着実に収益性を高めてきたことが数字からもくっきり見える。

「私自身、落ち着いている。トヨタ自動車が成長する大きなチャンスをいただいた」。トヨタの豊田章男社長は新型コロナウイルスの流行がもたらした危機について、5月12日の決算説明会の席で穏やかな表情で述べた。21年3月期の連結営業利益が前期比80%減の5000億円となる予想を発表したにもかかわらずだ。

リーマン・ショックの衝撃が覚めやらない09年6月に就任した豊田社長。販売が前の年に比べ15%も減少したリーマン・ショック、北米でのリコール問題や東日本大震災、そして今回の新型コロナ。巨艦トヨタを揺るがすような「100年に1度」の事態に何度も直面してきたが、今「落ち着いている」と断言できるのは、経営者として場数を踏んできたからだけではない。

財務諸表を読み解いていくだけでも、トヨタが置かれている状況が豊田社長が就任したリーマン・ショック時とは大きく変わり、トップが「落ち着いて」いられる背景が分かる。09年3月期は連結世界販売台数756万7356台に対し、4610億円の営業損失を出した。1台当たりにすると6万円強の赤字が出ていた計算だ。

しかし、「必要な筋肉を落とすまでのスリム化」となった09年3月期から13年3月期と、14年3月期から20年3月期までの「意志ある踊り場」とCASE(つながる、自動運転、シェアリング、電動化)対応への変革を経た11年間で、トヨタの収益体質は大きく変わった。

20年3月期の1台当たりの営業利益は27万円強。国内自動車7社のトップを走る。2番手のSUBARU(スバル)は北米を主力に利益率が比較的高いSUV(多目的スポーツ車)を販売しているが、同20万円強と、小型車からライトトラックまでそろえるトヨタに及ばない。

世界販売がおよそ2割、200万台減る前提の21年3月期のトヨタの営業利益は5000億円にまで減る見通し。それでも1台当たり7万1000円強の営業利益が出る計算で、リーマン・ショックの翌年10年3月期の台当たり利益2万円強を大きく上回る。

この数年はCASE対応の研究開発費や設備投資の増加などがあったが、徹底した原価改善と台当たり利益の追求でリーマン・ショック当時と比べると、損益分岐点が大きく改善した姿が浮かび上がる。

市場予想の平均であるQUICKコンセンサスでは、21年3月期のトヨタの営業利益は1兆565億円で会社予想の2倍以上。ゴールドマン・サックス証券はさらに高い1兆6500億円を予想する。湯沢康太アナリストは販売台数増で5000億円、原価低減や原材料安で5000億円、為替影響が1000億円程度の上積みがあるとみる。市場は低めの会社予想を出して上方修正してくるトヨタの「クセ」を織り込もうとしている。

■余裕のない日産

手元の資金に関しても、トヨタはリーマン・ショック時とは大きく異なる状況だ。連結の貸借対照表上の現預金と有価証券はおよそ5兆7000億円。09年3月期の約2倍だ。そのうえ、三井住友銀行などに対する1兆円のコミットメントライン(融資枠)の設定や最大3000億円の社債発行枠まで登録している。

トヨタは「アップルの手元資金は20兆円。(トヨタは)まだ少ない」(小林耕士取締役)と言うが、それも従来の自動車会社の枠にとらわれない、「モビリティー・カンパニー」を目指す自らの未来を厳しく見ればこそ。リーマン当時のように未来に向けた投資をストップしてまで、止血する必要がないことは明らかだ。

では手元の流動性の厚さを示す、現預金と有価証券が月商の何倍あるかを示した倍率で見るとどうか。国内自動車大手7社すべてがリーマン時よりは強い財務体質になっていることが分かる。特にスバルは月商の3倍の手元流動性を持つ。

新型コロナの世界的な感染拡大を受け、自動車各社は軒並み金融機関に資金支援を要請している。他社に比べれば指標面では余裕があるようにみえるスバルも4月以降、運転資金として1915億円を借り入れている。社債やコマーシャル・ペーパーの発行枠も設定するなど、コロナショックに身構えている。指標面でスバルに劣る他メーカーの資金繰りは楽ではない。

自動車産業の収益性を見るうえで重要なのは販売台数と台当たりの利益といえる。20年3月期の台当たり利益でトヨタ、スバルに次ぐのがホンダスズキだが、両社は二輪車部門を持っている。スズキは四輪車の営業利益が連結営業利益の91.6%に達するが、ホンダは24.2%にすぎず、ホンダの四輪車事業の稼ぐ力を示していないことには注意が必要だ。ホンダの四輪車事業の営業利益率は1.5%と赤字すれすれで、英国工場の閉鎖や派生車種の削減といった施策で25年までの立て直しを目指している。

稼ぐ力も資金面での余裕も乏しいのが日産自動車だ。20年3月期が営業赤字に陥ったことを受け、台当たり利益は8200円の赤字。5月28日の決算会見では「過度な販売台数を狙わず、収益を確保した確実な成長、財務基盤の強化」(内田誠社長)を掲げたが、元社長のカルロス・ゴーン被告が掲げた拡大路線を修正しようと、この1年余りあがいているうちに、規模で劣るスバルやスズキにも取り残された印象は拭えない。手元の流動性でも倍率は7社の中で2番目に低かった。

日産は決算会見で約1兆3000億円の未使用の融資枠があることや、4~5月に7126億円の資金調達をしたことを明らかにし、手元流動性の不安がないことをアピールした。6712億円という大幅な最終赤字を計上したといっても、約5400億円の減損損失は現金の流出を伴うものではない。

20年3月期では日産は営業キャッシュフローから投資キャッシュフローを引いた純現金収支で黒字を確保しているが、本格的な構造改革となれば現金の流出は避けられない。ゴーン氏という希代の経営者がスキャンダルで去った日産は、「ゴーン前」の状況に戻されたと言っても言い過ぎではないかもしれない。

財務諸表、特に1年間の通期決算は企業の経営の通信簿といっていい。時系列、他の指標と組み合わせた比率の比較で企業の置かれた状況が鮮明に見えてくる。

(日経ビジネス 菊池貴之)

[日経ビジネス電子版 2020年6月2日の記事を再構成]

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